15-7 伏見 北条本陣4
パワハラ北条家の家風について。
左馬之助殿の言い分によると、先代の影響が濃いのだという。
左馬之助殿の父親、つまり桃源院さまの弟は、わかりやすく言えば偉大なる起業家だ。
もともと三百貫程の身代の家に生まれた、「そこそこ裕福」程度の一介の役人だった。それが国を支配するまでに成り上がったのだから、相当なものだ。
初代成り上がりのカリスマ当主は、かなりの強権でもって家臣たちを従えていたようで、その家風は一定年齢以上の重臣たちにより今もなお引き継がれている。
つまり、左馬之助殿ののんびりとした気質を、頼りない、だらしがない、不真面目だと感じている者たちがいて、今回の謀反もそれが原因ではないかと本人は思っている。
確かに、どこから見ても緩い感じの次男坊を、軽く見る者はいるのかもしれないが……そんな事はどうでもいいのだ。
当主の命令で軍を率いるその弟を暗殺して、指揮権ごと奪おうとした。
謀反は謀反だ。
謀反が失敗してしまった結果、粛清が起こるのは当たり前ともいえる。
問題は、わざわざ客人の、数え十歳の子供のまえでその処刑をしようとしたことだ。
家中の事は、その家の中で勝手にやってくれ。
詮議が甘いとか、当主の裁可はいらないのかとか、危惧する点はいくつかあるが、それよりも、当たり前に繰り広げられようとした処刑ショーを疑問視して欲しい。
あのパワハラ集会を「ちょっとやりすぎ」と感じている若手は多そうだが、それでも、裏切り者を見せしめのように殺すことを何とも思わないのか。
やんわりと遠回しに尋ねてみると、思いっきりきょとんとした、不思議そうな顔をされた。
……思わないんだな。
「頼りない男で申し訳ない」
いや、謝られても。
勝千代は、左馬之助殿の周囲に控える側付きや護衛たちにちらりと目を向けた。
他家の子供に頭を下げる主の姿に、顔を顰めたり不快な表情をしていたりする者はいない。
左馬之助殿は「そういう気質」なのだと皆に知られており、それを不服に感じたりはしていないのだろう。
「面倒ばかり掛けてしまい……」
いやだから、何の謝罪だ。
「身内ではないか」
あっさりそう答えられてゾッとした。
え、身内なの? 身内認定されてるの?
もう四年間にわたって刺客を送り込まれ続けているが、それでもなお「身内」だと?
それとも、北条家では身内に刺客を送るなど珍しい事でもないとか。
ちらりと頭をよぎったのは、副将の謀反は当主の仕込みではないか、という疑惑だが…… いやいやまさかな。
身内は最大の敵だというぞ。
左馬之助殿は暢気な顔をして、カットされた柿をもぐもぐやっている。
忠告してやりたいような、勝手にしろと放置したいような。
勝千代は迷い、結局何も言わない道を選んだ。
後々疑心を植えこんだと言われても困る。
「土産です」
間違えた。見舞いだ。
左馬之助殿は目前に差し出された菓子包みに目を輝かせ、勝千代の内心も、その言い間違いに気づいた様子もなかった。
「失礼いたします」
遠山の声がした。
襖を開けたのは先ほどの進藤だ。
振り返ってその顔を見ようとして、勝千代は、谷が鼻頭にしわを寄せたのに気づいた。
さっと見回してみると、同様の表情をしているのが幾人か。逢坂は無表情だが。
理由はすぐに分かった。かすかに漂ってくる血の匂いだ。
「……忘れ物はありましたか?」
勝千代の問いかけに、にこりと明朗な笑顔が返ってくる。
「ええ、恙無く」
きっと「恙無く」芋虫たちの処分を終えたのだろう。
血の海だろう広間を想像して、顔が引きつりそうになる。
……もう帰ってもいいだろうか。
コンコン、と部屋の外からノックのような音がした。板間を叩く音だ。
進藤が再び襖を開けると、中庭に面した回廊の下に、地味な草色の肩衣袴姿の小山のような男がいた。風魔小太郎だ。
ごくごく普通の武家の服装だが、武家には見えない。サンカ衆に似た、いやそれよりももっと猛々しい雰囲気だ。
またも土の上に片膝をついた姿勢で、合図はしたもののそちらから口を開くことはない。
「如何した」
尋ねるのは遠山だ。
「特使団が伏見に入りました」
かすれた声は大きくはなく、まるで風の音のように静かだった。
「またか? 日に何度寄こすつもりだ」
左馬之助殿のぼやきを聞きながら、勝千代は腰を浮かせた。
鉢合わせするつもりはなかった。
「宿に戻ります。顔を合わせぬ方がよろしいかと」
庶子兄がその中にいるとは限らないのだが、念のためだ。
「そう言わず、付きおうてくれぬか。あいつら一度来たら長いのだ。ワシは部屋にこもっておらねばならぬし……」
暇つぶしに利用しようとしないでくれ。
揉めたという程ではないが、帰る帰らぬで問答になり、そうこうしているうちに遠方が騒がしくなってきた。
広めの武家屋敷だが、門前の騒ぎが聞こえないほどの距離ではない。
特使団の来訪が告げられた時、すぐに席を立っていた方がむしろ鉢合わせしていたかもしれない。
「裏口から出させてください」
一応そう言ってみるが、「とんでもない!」と全方向から拒否される。
「一刻程で引き上げるでしょう。それまでこちらにいらして下さい」
座ったばかりだった遠山が腰を浮かせ、まるで子供の面倒でも頼むように頭を下げてきた。




