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春雷記  作者:
京都編

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15-1 伏見 見舞い

修正を入れていて遅くなりました。ね、寝てたわけじゃないよ!

「あっ、お勝さま!」

 今、見えていたぞ。

 勝千代は平助がさっと隠した物にはあえて目をつぶり、「具合はどうだ」と尋ねた。

 三浦兄が襖に手を掛けたまま溜息をつく。

「口の中にあるものを飲み込んでから喋れ」

 兄の言葉に、どうしてわかったのだ、と言いたげな表情だが、当たり前だろう。頬袋が団子でパンパンじゃないか。


「いや、これはその」

 勝千代以外に同じことを考えた奴がいるのは、常に食い盛り育ちざかりな平助を皆が可愛がっているからだろう。

「見舞いだ。……同じもので悪いな」

続けた言葉にブンブンと首を振り、目をキラキラさせた平助が笑う。

「ありがとうございまふ!」

 喉を詰まらせるから、飲み込んでから話せって。


 あの時、襲撃者に背後から切り付けられたかに見えた平助だが、実際はうまく避けて軽傷で済んだ。

 とはいえ腕をざっくり切られているうえに、毒刃だったらしく、むしろその毒の方が問題で、今熱があるそうだ。

 かなり気を揉んだが、見る分には元気そうだ。

 団子を食う余裕があるなら大丈夫なんだろう。


 死亡者は四人になった。

 平助含め負傷者にそれ以上の被害が及ばなかったのは、弥太郎という毒物のエキスパートがいたからだ。

 亡くなった者たちは既に荼毘に付している。

 可能であればきちんと墓地に埋葬してやりたかったが、今は町を出るのは危険だと判断した。

 町外れの広場で、遺体が焼かれていくのを最後まで見届け、承菊が割としっかり目に読経を上げるのをじっと聞いていた。

 故郷からこんなに遠くで死なせてしまった。口にしてはいけないその思いは、それぞれの名前を書いた紙で手ずから遺髪を包むことで堪えた。

 絶対にこれは家族の元へ帰してやる。

 言葉にしない約束を、きっと死んでいった者たちは聞いてくれているはずだ。


 京からはどんどんと伊勢殿の特使がやってくる。

 どんどん。どんどんだ。

 どういう意図があるのか頭を悩ませるまでもない。北条とは親密なままで、向かう方向に相違はないと周囲に示したいのだろう。

 だが問題は大将たる左馬之助殿で、どうやらかなりの高熱を出しているらしく、なかなか面会にまでこぎつけられていないようだ。

 仮病かな。いやあれだけの怪我だから、本当に具合が悪いのかもしれない。


 変わったことと言えば、北条軍の布陣だ。

 左馬之助殿が伏見で療養中だということで、その身を守るために軍は町を取り囲むような形で展開している。

 露骨に京に向けてだけではなく、街道の逆方向にも、更には川岸にも。

 千という兵数の都合もあるのだろうが、対軍勢というには層が薄すぎる。

 本気で攻撃を仕掛けられると紙のように脆い守りしか期待できないが、こっそりと突破するのは難しい布陣だった。

 つまりは、今の伏見の町へは入るも出るも困難な状況だということだ。

 ただ町をぐるりと取り巻いただけの、あまりやる気の見られない動きだが、どちら方面にも言い訳が立つ。

 「……ただの街道封鎖ですな」と鼻で笑ったのは逢坂老。

 勝千代は言うほど悪くはないと首を振り、苦笑するにとどめた。


 大将が寝込んでいるからというのは、言い訳にするにはあまりにも頼りない。

 だが今はそうするしかないのだ。

 北条家がどう動くかの結論は、当主がするべきもので、そこがはっきりしないうちは動きようがない。

 ちなみに言うと、どちらの勢力につくにせよ伏見という立ち位置は絶妙なポジションで、京を攻めるにせよ守るにせよ、要所中の要所である。

 左馬之助殿のブレーンがまともに機能していれば、そのあたりをうまく利用するのだろうが……いかんせん、今はそれどころではないようだ。

 ブレーンは左馬之助殿のブレーンではなく、副将側の人間だったというのが大問題だった。


「……あっ」

 不意に、口をもごもごやっていた平助がすっとんきょうな声を上げた。

 まさか団子でも飲み込んだのか?

 その兄ともども急な大声に驚いていると、平助は目を大きく見開いて、息を詰まらせたというよりも大切な事を忘れていたとばかりに臥所から腰を浮かせた。

「承菊殿から預かりものが」

「預かりもの? 何だ?」

「数珠ですよ。かなりご立派なものです」

 預かりものがあるのはわかった。それが承菊からで、数珠だということもわかった。

 だが何故その包みが菓子折りの中に紛れているのだ。

 勝千代は若干呆れただけだが、実兄の額にはぴしりと血管が浮いた。

「平助!」

「わ、忘れていた訳じゃないですよ! ついさっきの事なんです!」


 承菊は、死んでいった者たちへ随分と長い間御経を上げてくれて、勝千代は静かにその後ろに座っていた。かなりの時間同じ部屋にいたが、私的な会話をする事はなく、ただ儀礼上の挨拶を交わしただけだった。

 葬儀を終え、奥平らと同じ宿に戻ったとばかり思っていたが、その前に怪我人を見舞ってくれたようだ。

「もしよろしければとのことです」

 地味な紺色の布を折りたたんだ中に、黒っぽく光る玉の二連の数珠があった。

 平助が言うように、かなり立派な拵えのものだ。

 良さげな品というよりは……若干呪物的な雰囲気があるような気もするが。


「……ほかに何か言っていたか?」

「これから北条の方にもお経を唱えに行くそうです」

 勝千代の問いに、平助は普段通りの明朗な口調で応える。

 北条の方へということは、例の粛清された者たちだろうか?

 左馬之助殿は、自身が首を飛ばした者へも弔いのために僧侶を呼んでやるのか。

 それは優しさか、親族故の何かがあるのか。

 だったら首を飛ばす前に話し合いをしたらよかったのに。……そう考えるのは、勝千代だけではないだろう。

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