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春雷記  作者:
京都編

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13-5 伏見 北条軍争乱5

 ちょっと見くびっていたのかもしれない。

 いや、かなりと言うべきか。

 また一夜明けた翌朝。やけに神妙な逢坂の表情に何かがあったのだと気づいた。

 それがいい事なのか否か顔色から判別しようとする前に、「やってくれました」と感服した顔で頷くものだから、ますますよくわからない。

「夜半かなり遅く、北条軍で粛清が起こりました」

 毒見の済んだ湯漬けを、ぶっと噴き出しそうになった。

 粛清?!

「度重なる謀反の罪で伊勢弥三郎殿の首を刎ね、御乱心と騒ぐその臣下をまとめて誅殺したそうです」

 誰が? 左馬之助殿が? いや、あの怪我だと手ずからというのは違うか。脳裏に過ったのは、父と張るほどの巨漢の忍びだ。

「……随分思い切ったな」

「戦では猛将と定評のある御方です。思い切りがいいのはあの方の気質なのかもしれませんな」

 全然まったくそんな風には見えなかった。

 むしろ、優柔不断過ぎて石橋をたたき折る心配をしそうな男だと思っていた。

 たとえそれが事実だとして、身内であればそういう気質を把握していただろうに、どうして副将らはその尾を踏むような真似をしたのだろう。

 見くびっていた? 身内にそこまで厳しい沙汰は下せまいと思っていた?


「……なんにせよ、話は元に戻ったな」

「はい」

 昨夜眠る前に、拠点を移す計画を話し合っていた。

 川を渡ったその先の、小さな寺を候補にしていたのだが。

「まだ混乱は収まるまい。様子を見よう」

 勝千代は皆に見守られながら、湯漬けの残りをかき込んだ。

 


 日が中天を差す刻限より早く、続けて急激に事態が動いた。

 粛清でまだ混乱している北条本陣に、伊勢方の特使が来たらしいのだ。

 更には、畠山軍千が京に向かっているという話もあった。千という数は万の兵に比べれば見劣りするし、寡兵に感じるが、実際は開けた土地で大軍が正面衝突することなどめったになく、戦いようによっては無視できない数だ。

 こうなると、周辺諸国の中小の勢力も日和見できなくなってくる。

 どちらにつくほうが有利かは一目瞭然だが、京を押さえているという強みと、まだなにか隠し玉がありそうな気配から、六角伊勢軍からも目は離せない。

 

「応仁の乱のような大きな戦になるでしょうか」

 低い逢坂老の言葉に、皆が押し黙る。

 かつて日本の広範囲で巻き起こった争乱は、逢坂にとっては昔というには近い記憶なのだろう。

「例えば、再び日ノ本が東西に分かれて戦う日が来た場合、今川はどちらにつく?」

 勝千代の独白に近いつぶやきに、答える者はいなかった。

 今は御屋形様の健康不安から参戦を免れたとしても、十年も続けばいずれどこかでどちらかの陣営に属す可能性は高い。

 そうなった場合、母系であれ伊勢の血統を受け継ぐ今川は伊勢殿側につくのかもしれない。

 御屋形様であれば、九割九分あり得ないと言えても、龍王丸君が継いだ後までどうなるかははっきりわからなかった。

 戦になれば大勢が死ぬ。

 脳裏に過るのは、曳馬城の惨状。三条大橋の崩落時の悲鳴。

 伊勢殿は、命の重みの事など考えてもいないだろう。

 

 それでいいのか。

 心の声が静かに選択を迫る。

 今はそんな事を考えている場合ではない。守るべきものを守り、その他の事には目をつぶって、一日も早く遠江に帰るべきだという考えがひとつ。

 もうひとつは……黒蛇という厨二病な二つ名で呼ばれていた、考えの読めないあの男。

 彼を止める事ができたら、穏便にすべてが片付くのではないか。


 だがそれは、勝千代がするべき事か? 数え十歳の子供が?

 状況を見て取った多くが同じことを考え、今も伊勢殿排除に動いているだろう。

 その者たちに何もかも任せて、遠江に戻ることを第一に考えるべきだ。

 理性では、それらの選択が正解だとわかっている。

 ただ……誰にも止められなかったら?


 ふと、当て布まみれの暢気な男の顔を思い浮かべた。

「左馬之助殿はどうされている?」

「町の端に本陣を構え、そちらで休んでおられます」

 ちらりと頭をかすめた思惑は、うまく行きそうな気もするし、無理難題な気もする。

「……見舞いの品は用意できるか?」

 結論はすぐには出ない。

 ただ、北条軍が揉めてくれたおかげで、幾日か悩む時間を得ることはできた。

「見舞いに行かれるのですか?」

 逢坂老が、物申したいという表情で顔を顰めている。

 勝千代の側付きも護衛も、誰ひとりとしていい顔はしていない。

 それはそうだ。北条は長らく勝千代の命を狙い続けている敵で、左馬之助殿は余計な面倒ごとを持ってくるだけの男だ。


「見極めたい」

 勝千代はそう言って、手元の扇子に視線を落とした。

「上手く動いてくれそうなら、伊勢にぶつけたい」

はっと息を飲んだのは誰だろう。

 しばらく考え込んでから顔を上げると、何故か一同揃って居住まいを正し、こちらを見ていた。

「……?」

 こてりと首を傾け、真剣なその表情に疑問を投げかけると、逢坂老がそっと笑みを返してきた。

「何なりとお申し付け下され」

 反対していたはずなのになぜ急に意見をかえたのだろう。

「北条を使いつぶすおつもりとは、さすがは若」

 えっ。

 言われた言葉の意味が理解できた瞬間、驚きのあまり言葉に詰まった。

 違うけど!

 否定しようとした言葉は声にならず、納得し感心したように何度も頷かれて、結局何も言えなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白い展開で次の話が楽しみです。
[一言] 待ちたまえ逢坂老、それでは勝千代が冷酷非道な謀略家のようではないか。 情をかける人だぞ、敵以外には。敵以外には。
[一言] お勝ちゃん! がんばって!
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