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春雷記  作者:
京都編

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12-6 伏見 北条軍6

失礼しました。更新予定日時を一日間違えてました><

「風魔忍びだな」

 勝千代の声は、部屋を隔てた向こうの武士たちに聞こえないよう小声だった。

 近距離にいた者にしか聞こえないぐらいの声量だったのに、その場にいる誰もの耳に届いたのだろう、ひと際緊張感が強くなる。

「場所をかえよう」

 弥太郎が「来ている」と言っていた武家の男。交渉相手はそいつだとばかり思っていたのだが。

「話すのはそなたでいいのか」

 勝千代の問いへの返答は、分厚い唇をひん曲げる笑みとも言えない表情だった。


 あらかじめ、場所は作らせておいた。

 空き家になっている店の二階だ。

 そこには田所をはじめ福島家の残りの面々と、おそらくは弥太郎配下の忍び、もしかすると場所を提供してくれた佐吉のところの者もいるかもしれない。

 要するに、厳重に警備が敷かれたホーム地だ。

 そんな事はわかっているだろうに、かすれ声の大男はためらいもなく同意した。

 アウェイを嫌がらないのは、よほど腕に自信があるか、争う気がないかの二択。

 おそらくは後者だろうと判断し、勝千代は団子のように身体を寄せている男たちの腕をタップした。


 場所を移し、空き店舗の二階。

 勝千代を上座に据え、低く頭を垂れているのは白髪交じりの武士だ。

 その背後で胡坐をかいて座る大男を目で叱責し、ものすごく申し訳なさそうな表情をする。

 人当たりが良い、良識のある男に「見える」。

「遠山五郎衛門と申します」

「福島勝千代です」

 上座を譲られて座ったが、相手はかなり年上で、かつそれなりの身分の者だろう。

 そう思い丁寧に頭を下げ返した勝千代に、遠山は目を大きくして驚いた表情になり、更に恐縮した風に両手を前についた。

「いや、福島殿にそのような、頭を下げられる身分ではございません」

 その人あたりの良さが見せかけだけのものか判断するのは難しいが、少なくとも、話は出来そうだと笑みを返す。


「左馬之助様のことで話があると」

 早速待てぬとばかりに切り込んできて、覆い隠せぬ気を急いた様子に、「いい人」でありたいとは思うが「正直者」ではないと自認する勝千代は軽く首を傾げて見せた。

「書簡は届いておりませんか?」

「……書簡ですか?」

「先だって、京の本陣の方にお届けしましたが」

 遠山がさっと背後の忍びを振り返る。

 巨漢の忍びは何を考えているかいまいちよくわからない表情で、首を軽く横に振った。

 左馬之助殿の書いた書簡は、裏切り者と思われる副将ではなく、他のしかるべき者の手に渡ったはずだ。 

 時間的に知らせが届いていないのか、握りつぶされたのか。

「遅くとも昨日の昼頃には届いているはずです」

「そのような話は何も」

 遠山の肩が激しく上下し、しばらく激情を堪えるかのように奥歯を噛みしめていたが、やがて消え入るような声で「ご無事でしょうか」と尋ねてきた。


 まじまじと遠山の顔を見る。赤く充血した目。くっきりと刻まれた隈。

 一見気を張ってしっかりしているように見えるが、かなり心労がたたっているのが分かる。

「少なくとも、昨日の明け方までは」

 色気たっぷりな農家の後家に秋波を送られ、困惑する程度にはね。

「深手を負われているのでは」

「火傷と太刀傷ですね。命には別状ないようですが、養生は必要でしょう」

「昨日の明け方と申されたが」

「我らも公家の方々をお守りして伏見へ向かう途中でした。念のために人を残しておりますので、御不自由はないかと思います」

 とても怪我人を連れて行く余裕はなかったのだと察してくれたのだろう。納得したように頷く。

「ですが、遠山殿に知らせが届いていないとは不穏ですね」

 勝千代の言葉に、遠山は口を閉ざし、風魔忍びは半眼になった。


 左馬之助殿襲撃は、一条邸から御所方面に向かう最中に起こった。

 家屋の倒壊で炎と煙が立ち上り、騒ぎの群衆に巻き込まれ、その姿を見失ったのだそうだ。

 守るべき主君とはぐれるなどあり得ない事だが、その時の護衛が何人かでも敵方だったなら話は別だ。

 つまりは、北条軍の中に敵がいる。

 遠山もその事は勘付いていたようで、書簡の握りつぶしにもたいして驚いた様子はなかった。

 むしろじわじわと怒りが増してきたようで、血走った目が厳しいものになる。

「……左馬之助様の書簡が昨日の昼に本陣に届いたというのなら、再度襲撃を受けているのでは」

 ぎりりと歯ぎしりが聞こえそうな遠山の口調に、勝千代も「そうなんだよな」と嘆息した。

 左馬之助殿基準の「信用のおける相手」は、やはり少々問題があるのかもしれない。


「弥太郎」

「はい」 

 部屋の片隅にひっそりと控えていた弥太郎が返事をすると、ぴくりと反応をしたのは巨漢の風魔忍びだった。

「左馬之助殿の周辺に敵は」

「今のところ気配はありません」

 あそこは永興ら本願寺派の僧侶が天龍寺派を警戒しているし、動きづらいのかもしれない。

「これから先は我らが気を配る必要もないだろう。こちらの方々に引き継ぐように」

「はい」

 ごく普通の応答だった。

 弥太郎は通常運転で窓口にいる役人のような顔をしているし、勝千代も普段通りの口調、男児にしては若干高い、子供っぽい声だ。

 それに対して、遠山は再び深々と頭を下げた。

 いい年をした大人が、主筋でもない数え十歳の子供にする態度ではない。

 だが勝千代は小さな頷きでそれを受け入れた。

 個人として、誰かを気にかけ心配する気持ちは理解できるからだ。


「ひとつお尋ねしてもよろしいか」

 もちろんここで話は終わりではない。

 遠山も同じ考えのようで、すぐにも左馬之助殿の元に駆けつけたいだろうに、じっくりと見極めるように勝千代を見つめた。

「北条風魔衆とは長らく行き違いがあるようですな。それなのに何故お助け下されたのか」

 行き違いか。

 遠山の婉曲すぎる言い方に、軽く失笑してしまう。

「そちらにも都合があるのだと理解はしています」

 忍びは、上からの命令を断ることはできない。

 いくら同族、親兄弟が敵になったとしても、雇い主が「やれ」と言えば互いに刃を向け合う。

「ここでどんな話をしようが、命が取り下げられない限りどうにもなりませぬ」

 そう、勝千代を殺せと命じた誰かがその命令をキャンセルしない限り、目の前の巨躯の忍びはそれを遂行しようとするだろう。

 実際に命を懸けている者たちにとっては切実な問題で、だからこそ、普段は気配が全くない忍び衆が勝千代にわかるほどピリピリしているのだ。

「ですがそれはそれ、これはこれ」

 今は、その時ではない。

 彼らにとっての急務は、左馬之助殿の救出であり、大将不在のまま動いている北条軍の掌握のはず。

「まずは左馬之助殿を無事に取り戻すことです」

 勝千代は、半眼でこちらを見ている巨漢の忍びに向かって「ひとつ貸しですね」と無邪気に笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忍の名前を呼んでいるのが珍しくて 相手さんが反応しとる
[一言] 忍たらしだなぁ…勝千代君。 コメント不要です。
[一言] 北条風魔で巨漢・・。 あの人ね・・。^^
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