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春雷記  作者:
京都編

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12-4 伏見 北条軍4

 逢坂老が丁寧に頭を下げ、三方にのせた塊を運んでくる。

 美しい白い絹に包まれたその塊は、大人の拳二つ三つ分ほどの大きさで、中身を知る勝千代の目には随分と小さく見えた。

「……これは」

 改めて晒されたのは小さな坊主頭。

「よく似ておられますね」

 奥平は顔色ひとつ変えなかった。

 気弱な男のように見えるが、これでも一応は武家。何度も戦場を踏んで生き残ってきた者でもある。

 同様に勝千代も、哀れな子供の首を近距離で目の当たりにしても、たいして精神的な負荷を感じなかった。

 三方の上で瞼を閉ざした小坊主は幼げで、火傷の痕も痛々しく、四年前ならかなり衝撃を受け動揺していただろう。

 これも成長というのだろうか。

 死に慣れ過ぎたと感じ、複雑な思いで頷く。

「死に顔故に余計にそう見えるようだ」

 

 それは、吉祥殿を逃がす際に、弥太郎が身代わりとするべく探してきた子供の首だった。

 京の今の状況ならば、用立てるのもさほどの苦労はなかっただろう。

 ここまで容姿が似ていれば、家族でさえ他人と言い張るのも難しいのではないか。

「……できるか」

 勝千代の問いに、奥平は意外な事を言われたとばかりに首を傾げる。

 睫毛の長いその瞼が幾度か上下して、いぶかし気に勝千代を見返して。

「お任せください」

 なんだその表情。

 いまいち不安は拭えなかったが、別の筋書きを考えている時間はない。

 上座の席を立ち、相変わらず不可解な表情の奥平の肩に手を置いた。

「頼んだ」

「……っ、はい!」

 急に大きな声で返事をされ驚いたが、ぎゅっとその肩だけ握ってすぐに部屋を出た。


 廊下に出ると、店の外を見下ろす位置に男前僧侶承菊が立っていた。

 こうやって見ると、やけに上背がある。肩幅も結構がっちりしているし、鍛えている風ではないが見栄えがする体格だ。

 いるよな、こういう何をしなくともスタイルがいい奴。

 人間食べ過ぎれば太るし、食べなければ不健康に痩せる。子供の頃ならまだしも、一定の年齢になると運動しなければどんどん腹が出てくるものだ。

 それは自然の摂理のはずなのに、難なく例外ですと涼しい顔をして、きっと中年を過ぎても「男前」なのだ。神様はえこひいきが過ぎる。


 勝千代は足を止め、世の男ならではの若干の羨望をもって承菊を見上げた。

 その異様に強い目力で何を見ているのか気になって、視線を追う。

 眼下で通りを闊歩するのは北条の騎馬隊。

 斥候部隊なのだろうか、若手がほとんどで、今のところ流血沙汰にはなっていないようだが、逃げ遅れた者及びこの町の住民たちは、皆戦々恐々の態でその様子を伺い見ている。

 勝千代は並んで階下を見下ろし、しばしその動きを観察した。


「わかりますか」

 不意に、そんな事を尋ねられて戸惑った。

「二派あるようです」

 勝千代は、軽い身振りで示された一団に視線を向ける。

 どこからどう見ても代わり映えしない武家集団だが、承菊の目には違って見えているのだろうか。

「気になりますね」

 いやまったく気にならない。

 

 軽く聞き流してもよかったのだが、何故かその場で足が止まり、動かずにいた。

 すぐにもやるべき事がある。

 権中納言様が彼らの目に止まらないようにしなければ。

 逢坂老の考えだと、伏見は京に近すぎるので、街道を塞ぐ本陣にはしないだろうということだ。

 つまりは北条の本隊は一時この町の外で兵馬を休めているにすぎず、すぐに出立するだろう。

 それを待って、下京に戻るのが最も早いと思う。

 そして奥平には、この町に残るであろう北条兵の目を引き付けてもらう。

 例の、吉祥殿の御首みしるしでだ。

 今はそのための仕込みの時間だ。


「二派とは?」

 何度も言うが、のんびり会話を楽しんでいる時間はない。

 それなのに、何故かこの男の話を聞くべきだと感じた。

 何だろう……勘が働いたとでも言うべきか。

 承菊は黙って一人の男を指し示した。

 若手が多い騎馬混合部隊の兵士たちの中で、特出して年齢が高い白髪交じりの男だ。

 最初何をしている風でもなく、ただ騎馬隊に混じって通りを歩いているだけに見えた。時折周囲を見回して、左右の若手に何かを命じているようだ。

 気になることがあるとすれば、男がその一団のリーダーではないという事だろうか。

 声が大きな若い男が、右へ左へと騎馬隊を動かしている。通りに出ている者たちに建物内で待機するように、との命令を出し、あとは個々に家屋を回って伏見の街の現状を把握しようというのだろう。

 治安維持的にはセオリー通りのやり方だ。

 万全を期すのなら全員を一か所に集め、無人のはずの屋内をしらみつぶしに当たるのだろうが、この規模の町でそれをするのは時間がかかりすぎる。

 北条軍がそう考え、適度な調査の後に伏見を後にするだろう、と予想はしていたのだが……


 白髪交じりの男がぐるりと周囲を見回した。

 あまたの視線が方々の建屋から注がれているせいか、こちらに気づいた様子はない。

 ただ、そんな男を、声の大きな若い騎馬隊頭が「もたもたするな!」と叱責する。

 勝千代はそれらの様子をつぶさに観察しながら、「なるほど」と思った。

 若い上官と、部下の信頼厚い年上の部下。

 どこの世でもありがちな構図だが、それだけではない。

 反発しようとした左右の若手を制し、白髪頭を下げた男は、騎馬隊頭の視線が逸れると同時に何かを部下に命じていた。

 

 あの男。

 勝千代は目を細め、見ているのを気づかれる前にと縦格子の連子窓から身を引いた。

 もしかしたらという予測が過る。

 素早く計算して、悪くはないと結論に至るまで数秒。

「……御坊は面白い男だな」

 勝千代がそう言うと、承菊は初めて眼下から視線を外した。

 首を傾げて見下ろされ、ふっと口に笑みが過る。

「また何か気づいたことがあれば教えてくれ」

 勝千代は承菊が何かを言う間に軽く手を上げ、その前を去った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久秀の次は雪斎かぁ 時期的に出てくるとは思ったけど ホントに、バケモノにしか遭遇しないなw
[一言] 奥平殿、、、 落ちたな(確信) 崇孚殿も落ちてくれていいのよ?
[一言] 正体を知らないからこそ言える、素の賞賛って奴ですね。雪斎だって知っていれば、「あぁなるほど、さすがよく気付くなぁ」程度の感想だったのでは。 ときにそれ、小脇に抱えられるサイズの子供が出す風格…
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