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春雷記  作者:
京都編

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7-5 京郊外5

 それはひと際無残で、恐ろしいほどに容赦のない惨劇だった。

 これまで幾度となく人が死んでいく状況を目にしてきた。実際に戦場で山積みにされた死体を見たこともある。

 命のやり取りは残虐なものだ。

 そこにどのような大義名分があろうとも、死というただ一文字において差などない。

 ……いや、違う。ほんとうはわかっている。

 死が残虐なのではない、生きている人間こそが残虐なのだ。


 勝千代は、茂みの中に放り棄てられた無数の死体から目を逸らしたい欲求と戦った。

 京の町から逃げてきたと思われる人々。一見して商人階級あるいは公家。いずれも女あるいは子供。

 少数混じる男たちは、その者たちを守ろうとしたのか、ひと際無残な傷を体中に残し、怨念交じりの怒りをその死に顔にありありと刻んでいる。


「……これをあの僧侶たちが?」

「あんな者どもに仏徒を名乗ってほしくありませんな。人ですらない」

 そう吐き捨てたのは、四年前に興如の隣に控えていた男だった。

 永興と名乗る、顔にうっすらと古い刀傷がある五十過ぎの僧侶。

 直接話をしたことはないが、にこやかな表情で勝千代にゴマ豆腐を渡してくれた者だ。


 彼の腰に刀はない。動きも静かで、常に片手には数珠が握られ、身体の前で祈りの形で立てられている。

 だが勝千代は見ていた。袖の内に短い刀を収めたその瞬間を。

 彼を含め、墨色の衣をまとった僧形の男たちが、神妙な表情で討ち捨てられている女性と子供を丁寧に一か所に集めている。

 

 不思議な事に、永興からは血の匂いはしなかった。

 代わりに漂ってくるのは、強い薬草の匂いだ。

 それも併せて、どことなく弥太郎を思わせる雰囲気の男だった。


「それにしても、お会いできてようございました。このあたりには最近あのような者たちが大勢紛れ込んでおります。ただ居るだけならまだしも、避難してきた無辜の者たちにあのような」

「永興どの」

 勝千代の静かな声に、何故か永興だけではなく、周囲にいた者たち、僧侶も福島家の武士たちも皆がさっとこちらを見た。

「何故皆殺しに?」

 永興は息絶えた屈強な僧形たちが女子供を手にかけたというが、それが本当かなど見ていなかった勝千代にはわからない。

「はて」

 永興は困惑したように苦笑して見せたが、幾度か瞬きをして、ゆっくりその面から笑みを消し真顔になった。

「……生かしておく意味がございませんな」

「宗派は違いますが、仏徒でしょう」

「いいえ。あれらは悪鬼」

「女性や子供を殺したからですか?」

 勝千代はふうと長く息を吐いた。

 そもそも、誰か悪いかなど、そんなものは立場によってとらえ方は違う。

 もちろん、こんな残虐な真似を平気でできる者など僧侶ではないという言い分は理解できる。勝千代だってそう思う。

「正直なところ、この哀れな女子供に手を掛けたのが、今死んでいる者たちなのかあなた方なのか、私には判断できません」

 心外だという表情をされたが、構わず続ける。

「仏門にあるから、そのような事などしないという理由は受け入れられません。では何故あの者たちは?」

 一瞬、永興の唇がうっすらと笑ったように見えた。


 勝千代の隣で、谷をはじめとする男たちが静かに身構える。

 同時に、粛々と死体を集めていた僧形たちも微妙に身体を固くしていた。

「我らを御疑いでしょうか」

「さあ、私にはわかりません」

 どう言えばいいのだろう。

 勝千代は少し口ごもり、続く言葉を探した。

「誰もが誰かの味方であり、敵です。襲撃するというのは明確な敵対行動で、それに対してどこまで反撃するかなどはまあ、それぞれの状況にもよるでしょう。ですが、襲われている誰かを見たからといって、三十人もいる相手を全員切り殺すというのは……そこになんらかの意図があるように感じます」

 一応は、避難してきた人々を殺したのが彼らではないという前提で、本願寺派はここに転がっている僧たちと対立しているのか? だから皆殺しにしたのか? ……そう尋ねたのだ。

「……相変わらず、その小さな頭はよう回りますな」

 褒められたのか? いや、皮肉だろうな。

「ですが我らは純粋に、非力な命が摘み取られたことに怒りを感じているのです」

 永興はそう言って首を振った。……ずいぶんと芝居がかった言い方だ。

「誰しも、己の領域に土足で踏み込まれとうはございません」

 疑わしく思いながら目をすがめると、苦笑交じりにそう言われて、なんとかそれが答えだろうなと受け入れた。

 つまり、本願寺派のおひざ元で他宗派の僧侶が勝手をしていると、そういう事なのだろう。


 勝千代は足元に転がっている子供サイズの草履に視線を落とした。

 すでにもう太陽は登り始めており、その草履についた血痕も乾きつつある。

「ひどい事をする」

 勝千代の視線を辿った永興のつぶやきに、心底同意する。

 だが勝千代の感情は、おそらくはこの男とは違う。

 非力な女子供を殺すように命じられ、それに従った者たちは何を思っていたのだろう。

 罪の意識を覚えたりはしないのだろうか。

「狙いは何か御存知ですか」

 あるいは、連中が誰を探しているのか。

 勝千代の問いかけへの返答はなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この話を読むと本当に宗教家には政治には関わらないでほしいと強く感じます 信者のお布施で豪奢を極め、衆生救済を謳う仏教徒が人身売買に手を染め人々に苦しみを与える側に回る様では余りに世の中に救い…
[一言] 民を思う坊主は居ただろうけど古地図を見れば一目瞭然 現代人の想像する5,60倍ぐらい寺社が洛中を囲うようにぐるっと建ってて防壁代わりにってのもあるけどもそれにしてもレベル どれだけの欲と権…
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