6-4 上京 脱出4
匿う?
その言葉の意味が頭に到達するより先に、うちの戦闘狂たちが動き出していた。
よりにもよって、一番血の気の多いのが揃っている。
あっという間に二人の青年は地面にうつ伏せに転がされていて、勝千代が「やめよ」と命じなければ、さくっと素早くその首を刈られていただろう。
ふたりは勝千代の声を聞いても状況がよくわかっていない様子だったが、谷が男だという事にはすぐに気付いた。
いや、薄紅色の打着を羽織っていたとしても、馬乗りで押さえつけられたらさすがにわかるか。
ぎょっと目を丸くするその顔を見て、思わずため息がこぼれてしまった。
……まあいい。いい方に考えよう。
この青年たちが騙されてくれたように、追手の目は勝千代たちを本命だと思ってくれたかもしれない。
白玉殿たちのほうの追手も、対処可能な数であってくれ。
「く……」
勝千代の名を呼ぼうとした松田息子の口に、人差し指を向ける。
「離してやれ」
勝千代にわかるほどの殺気を振りまいている谷にそう言うと、松永青年の背中を踏んでいた小柄な男は渋々と身体を退けた。
この場所は、おそらくは寺の境内の一角で、ちょうど周囲から死角になっていた。生垣と敷地を区画する竹製の塀がいい感じの目隠しになっている。
複数の退路が選べる点でも、一時的に身を隠すのにうってつけだ。
ただし、逃げまどう人々の喧噪は近く、長居するのは厳しそうだった。
「追手の様子は?」
弥太郎は虚空にさっと視線を走らせ、どこから何の電波を受け取ったのか、たいしてタイムラグもなく返答した。
「まだ探しています」
「……では移動した方がよさそうだ」
弥太郎とそう会話している間も、刀は二人の首に付きつけられたままだ。
身体を起こしたものの、土の上に座り込んだままだったふたりが、状況を察したのか再び口を開こうとする。
しかし、松永のほうに付きつけられた刀がカチャリと鳴り、動こうとした松田の息子は片手をあげようとした中途半端な姿勢で固まった。
「どうして助けようと?」
羽織っていた女物を脱ぎながら、勝千代が問う。
松田の息子の方はともかくとして、松永青年のほうは一条邸で拘束されていたはずだ。
確かに、あの場で伊勢殿の手に渡らないよう手を回しはしたが、解放したわけではない。
独力で逃げ出したのだろうか。松田の息子が助けたのだろうか。……今となっては大きな問題ではないが、幕府側の立場の彼らと関わり合いになるべきだとは思えなかった。
「……おとりですか」
松永青年の切れ長の目が、組みひもを解くのに手間取っている勝千代をじっと見ている。
現状、勝千代の側にいるのは谷と弥太郎だけだ。護衛の多くは、更なるおとりと白玉殿たちの方へと割いた。
彼らが勝千代を本命だと思ったのは、子供を連れていたからだろうが、だとすれば先に出た姫君たちはどうなっただろう。
きっと大丈夫だと、自分自身に言い聞かせながら、表面上は平静に若い二人に目を向けた。
「ええまあ」
尋ねられるまでもなく、その通りなので否定はしない。
「状況を把握しておいでですか?」
更に尋ねられて、返答に迷う。
「ここが安全ではないことぐらいでしたら」
勝千代は脱ぎ捨てた派手な着物を小さくまとめ、生垣の下に隠した。
改めてみると、二人の青年は役人にありがちな直垂姿ではなく、地味色の肩衣袴を身にまとっていた。
つまりは、意図的に身分を伏せて動いているという事だろうか。
勝千代が目配せすると、谷と弥太郎は刀を下げた。
「お二人とも、それぞれのいるべき場所に戻られた方が良い」
「戻れません」
そう言い切ったのは松永だ。
まあ確かに、吉祥殿が引き連れていた部隊の隊長格として、囚われているべき立場だからな。
だが逆に、火事やら何やらで状況が混乱している今だからこそ、しれっと元の立場に戻れる気もする。
「一条邸に行かなかったと言い張っては? 火事の方に出向いていたと言えばよい」
「いいえ。食い扶持のために仕官しましたが、侍所につとめるのはもう」
幕府の役人である彼の目から見ても、今の状況はひどいものなのだろう。
御所や公家屋敷が大火に見舞われているのに、幕府は消火活動に邁進するのではなく、姫君や御方様を捕えようと兵を配置している。これでは、私情で動いているようにしかみえない。
命じられればその通りに動かなければならないのが武士というものだが、志ある者には違和感があるどころではないだろう。
「いたか?!」
非常に近い場所から、勝千代らを探しているらしい声が聞こえてきた。
人数はそう多くなさそうだが、ここで見つかりおとりだと気づかれるのはまずい。
「……我が屋敷にいらしてください。お匿いできると思います」
松田九郎殿が、腰についた土を払いながら言った。
「それとも、待ち合わせの場所が?」
「関わりあいにならないほうがよい」
松田青年の父は、かなり身分のある幕臣だ。そもそも信用できるとは思えない。
こちらの言いたいことは伝わったと思う。
二人の青年はちらりと視線を交わしてから、あらかじめ打ち合わせでもしていたのだろうか、頷きあった。
「わかりました。それでは、松永を連れて行ってください。お役に立てると思います」
「……いや、それは」
人手が足りていないわけではないのだ。そう断ろうとしたのだが、松田青年は谷が落とした薄紅色の衣を手に取り、頭にかぶった。
「京の町をこの男ほど熟知している者はいません。……それでは」
止めるまでもなく、松田青年は声のする方へと駆け出していった。




