57-4 西三河 砥鹿神社 和睦交渉4
両細川家の事情については、まあいろいろと事前情報を教えてもらったが、よくこの二家が轡を並べて遠征してきたな、と感心してしまうものだった。
同じ細川家といっても関係性は最悪、何年も前から血みどろの権力闘争を続けている。
もともとは、総領家である京兆家の跡取り問題から端を発している。
先々代? その前か? よくわからないが当時の当主に子がおらず、養子を三人迎えたあたりから栄華を誇っていた細川家の様相がおかしくなってきた。
なんで三人も迎えたんだよとか、死ぬ前にはっきり後継を決めておかなかったからだとか、後付けでいくらでも苦情は言えるが、何がしかの事情があったのだとは思う。
ともあれ、今の京兆家の当主は、おそらくは目の前の顔色の悪い男。
その一代前は、現阿波細川家当主の実父だ。
そう、互いに食い合い、勝ったのは養子のうちの一人。
三好殿が管領殿を睨むのは、亡き主君の宿敵だからだ。
よくここまで喧嘩もせずこれたよなと、両細川をまとめて遠征させた誰かの手腕に改めて感心する。
要するに、三万の敵だとは思わなくてもよいということだ。ちょっとつついただけで、両軍は火花を散らすだろう。
お互いに大量の火薬(兵)を抱えた状態で並び立ち、爆発しなかった今までが奇跡だ。
さてどうやって爆発させる? できるなら盛大に誘爆する方法が望ましい。
勝千代はそんな事を考えながら、表面上は無垢無邪気な少年のふりをして、馬上にいる二人に近づいた。
「お待ちしておりました」
笑顔は大事だ。円滑な人間関係はそこから始まるといってもいい。
残念ながら勝千代の微笑みを見て警戒する大人は多いのだが、少なくとも三好殿はふわりと笑顔を返してくれた。
いいね。本音はどうあれ、笑顔があれば雰囲気は穏やかになり、話もスムーズに進む。
先に下馬したのは三好殿。
次いで、気難しそうな御仁も渋々という感じで鞍から降りてきた。
「お初にお目にかかります。福島勝千代と申します」
自身について多くは説明しない。大体、どう言うのが正解かもわからない。
御屋形様の庶子のひとりとして総大将を務めている、というのが皆の認識だろう。
だが、まだ元服前の子供なのは、見た目的にもどうすることもできない事実だ。
譜代の重臣である朝比奈殿を差し置いて、大きな顔をしているだけのお子様だと思ってくれると助かるのだが……無理だろうな。
管領殿(仮)は名乗りもせず、重々しく頷いただけだった。
勝千代はその陰のある目つきを覗き込み、数秒間、無邪気なお子様パワーを注入してみた。
大抵の善良な大人は子供のそういった視線に何がしかの反応をするものだが、管領殿(仮)はぎろりと眼光を鋭くしただけだ。
駄目だな。
勝千代はすぐに方向転換して、にこりと笑みを深めた。
「首検めは境内前で。不浄のものを持ち込むのはさすがに憚られますし」
テキパキと、何のこだわりも敵愾心もみせずに用件だけを進める。
こちらへ、と手を伸ばして鳥居の方向へ案内し、石の階段を用心しながら登る。こんなところで転ぶわけにはいかない。
広い立派な神社の敷地は広く、鳥居の外側にも十分な広場がある。
その整備された庭の一角に陣を張った。伏兵などありませんよとの主張の為に、けっこう広大な範囲に渡って。
警戒されるのは理解している。大きな痛手を被ったのは自然の猛威だなどと、思うはずもないからだ。
氾濫による実際の被害の把握はまだできていない。細川側も似たようなものではないかと思う。
ただ、また雨が降れば……と、危ぶみたくなるほど豊川の水位は高く、被災した西側の草原は一面の沼地状態だ。
そこから吉田城に近づくことに躊躇いが生じているのは確かだろう。
だとしたら、彼らは次にどこを攻める?
勝千代の予想では、乾いた大地のある北側からだろう。
もちろん、細川連合軍に何の揉め事もなければ、という大前提のもとだ。
どうすればいいかの結論はおのずと出てくる。
北側に兵を配備する? もちろんその通りだが、それよりも効果的なのは「何の揉め事もない」状態でなくすことだ。
「かなり日数が経っておりますから、面相も変わっておりますが、ご本人だということはわかります」
広場の中央に、祭壇のような形状の白木の台がある。
その上にぽつんと置かれているのは三宝。
すでに流れる血もない頭部は黒々としていて、パサついた髪が作り物のように三宝から垂れていた。
覚悟していても不快な臭いに吐き気がする。
鼻と口を押えたい衝動を堪えて、一定の距離をあけて付いてくる二人の大人を振り返った。
「ご確認を」
首だけ切り取って何週間も保管するなど、現代人の感覚としてはあり得ない冒涜だ。
だがこの時代の武士にとって、印首は特別な意味を持つ。
生きていた証拠であり、死んでしまった証拠でもある。
伊勢殿がこの世にはもういないのだということを証明する、唯一の手段なのだ。
おもむろに勝千代の脇を通って前に出たのは、三好殿だ。
ずんずんと恐れる風もなく黒ずんだ生首に近づき、ぐっと顔を寄せてその面を確認する。
臭くないのか。鼻が詰まってるんじゃないか。
勝千代はひそかにそんな事を思いながら、至近距離からじろじろと検分する横顔を見守る。
「……確かに」
しばらくして、三好殿がこちらを振り返って頷いた。
「朝敵、伊勢殿に間違いないですな」
「それからこちらも」
勝千代は懐深くに差し込んでいた例の書簡を取り出した。
「伊勢殿が所持していた書簡は、恐れ多い事ですが今川家が預からせていただきます。ほど良い時期を見て、先の権大納言さまにお預けするつもりです」
「待て」
そこで初めて、低くさび付いたような声が響いた。
「そのほうのような小僧が所持してよいものではない。渡すがよい」
「……そうですね。過ぎたるものを持つのは身の危険に繋がりますよ」
管領殿(仮)が手を突き出し、同時に少し離れた位置から三好殿も渡せと言う。
……おもしろい状況になったぞ。




