53-2 駿府 福島屋敷2
親戚にこういう輩が多いということは、血筋にこういう傾向が高いということか?
勝千代は槍を無視して足を進め、ぎょっとして身を引いた華美すぎる武士たちを無視して上がり框に腰を下ろした。
ぴたりと付いて離れない土井が足元に膝をつき、濡れた草履の紐を解く。
たたたた……と奥から駆けてきたのは家宰の中村だった。幸松らと一緒に行かなかったのか。
「……何故にこの者どもを通した」
顔色の悪い中村は、手ずから濯ぎ用の盥を持ってきていた。勝千代の帰還を察して用意してくれたのだろう。
「幕府からの命令とお伺いしました」
よくよく見れば、顔色が悪いどころかげっそりとやつれており、居座っている連中によほど憂慮したのがわかる。
家宰レベルで、幕府の役人を名乗る湯浅を退けるのは難しいだろう。
せっかく運んできた湯を即座に奪われている所といい、怒り心頭の表情の渋沢に睨まれている所といい、上からも下からも突き上げられる典型的な中間管理職だな。
「伊勢殿はまだ幕府政所執事の職におありなのか?」
仕方がないので援護してやることにした。
「……っ!」
勝千代の、物知らずな子供を装った問いかけに、動揺したのは湯浅殿、顔面を怒りで赤く染めたのは亀千代だ。
「叡山であれだけのことをしておいて、お咎めもなし? 自ら職を辞することもなし? 挙句にはいち陪臣の家を家人の留守中に乗っ取るつもりか?」
「勝千代殿! 口が過ぎますぞ!!」
「……ああ、京におれぬようになったゆえに、このようなところで大きな顔をしようとするのか」
勝千代は濯ぎのぬるま湯に足を突っ込んで、これ見よがしに皮肉った。
土井が子供の小さな足を洗いながら、笑いをこらえるように顔を俯ける。
「そういえばそこの中村亀千代とやら。久しく見ぬうちに派手な身なりになっているな。井伊殿を刺すという狼藉を働き、出世したのか?」
井伊殿は今川家の軍配を預けた大軍の総大将だ。あの時はまだ一介の小国国人領主だったが、今は違う。
五千以上もの兵を動かす男と敵対しているのに、呑気に着飾って他人の留守宅に居座っているなど、尋常な考えではない。
……などということを、オブラートに包んでいるようで包んでいない口調で言ってやると、亀千代の表情がとんでもないことになってきた。
ここで蒼白になるならかわいいものだが、どう見てもそれとは真逆。自身の非など微塵も感じていなかったのだろう。
多少は叱られ、窘められるぐらいはしたのかもしれないが、実際に伊勢殿から何らかの処罰が下されたわけでもなさそうだ。
「そ、その件については重々こやつも反省を……」
任せろ。皮肉は今川館の文官どもから思う存分学んだ。なかなか負けていない井伊殿の弁舌も参考にさせてもらう。
「いつも謝罪なさるのは湯浅殿ですね。上役に頭を下げさせ、ふてくされるなど……ああ失礼、これこそ他国の者が口出しするのは余計なことでした」
勝千代は肩をすくめ、湯浅の下手に出た風の口調をさらっと流した。
赤を通り越して黒くなった顔でブルブル震えている亀千代を横目で見て、再び失笑してやる。
「申し訳ない、湯浅殿。戦帰りゆえに少々気が立っているようです。ところで……当家になんの御用で?」
まさかとは思う。
湯浅殿の口ごもる様子から見ても、もしかするとこの男、勝千代が駿府に戻ってくることはないと確信していたのかもしれない。
当然父が不在だということも知っているのだろう。
つまりは、重大な決定を下す者がいないと見計らって、文字通り家を乗っ取りに来たのではないか。
兵庫介叔父が消えた今、亀千代が福島家の新しい当主になることを、御屋形様なり桃源院さまなり御台様なりの言質があれば、血統的には無理な話ではない。
亀千代の姓の中村は、高天神城のある土方に多い。つまりは中村一族が結構な数いるのだ。かくいう家宰もそうだ。トップダウンで決められてしまえば、不服を言う者はいるだろうが、従う者も多いだろう。
再び苛立ちが沸き起こってきて眉間にしわが寄った。このぶんだと、志郎衛門叔父のようにクレバスになる日も近い気がする。
「……話があるのなら今川館のほうでお伺いしましょう。当家には今家人がほとんどおりませんので、十分なもてなしは致しかねます」
「なっ、何の権限があって! 我らは幕府政所執事伊勢家の……」
「帝の御座所に弓引いた伊勢殿の、なんですか?」
そちらがそう来るのなら、勝千代も引いてはいられない。
「たとえどなた様であろうとも、許可なく留守宅に上がり込むのは如何なものでしょう」
亀千代は抵抗しようとしたが、ざっと足音も荒く門の外で整列した軍勢を目にしたのだろう、悔しそうに唇を噛んだ。
「それに」
追撃で、おそらくはこの男が最も恐れているであろう相手を出すことにする。
「父がこのことを聞けば、何と仰るでしょうね」
「父上は」
「戦死した、あるいは重症で臥せっている?」
そういう噂があるのは知っている。
亀千代が鬼の首を取ったような表情でいられたのは一瞬だけだった。
「どこから聞いた話かわかりませんが、父は北遠のほうでお元気に暴れまわっておられますよ」
正確には信濃だが、「お元気」だというのは間違いのない事実だ。
「勝手に福島姓を名乗り、勝手に家紋を使い、勝手に屋敷に乗り込んでくる……とてもお許しになるとは思えません」
勝千代は肩をすくめ、急激に顔色を無くした庶子兄に、容赦なくとどめの一撃を放った。
「父が怒ると怖いのはご存知でしょう」
不動明王のようなあの眼光を浴びて、なお今の我を通せるのか?




