4-6 上京 一条邸 離れ6
緊急事態に解散が言い渡され、武士たちは渋々と重い腰を上げた。
その、いかにも動きの鈍い様子に権中納言様はひどく苛立って、「付け火の件が片付くまでは二度と武家には面会せぬ!」と言い放ち、おそらく避難してくるであろう公家衆への対応のために足早に退室していった。
勝千代は、とりあえず事は済みそうだと思いながら、皆が部屋を出ていってくれるのを待っていた。
だがしかし、幾人かは不穏な感じで居座ったままで、まだ話が終わっていないのだと知らされる。
火付けがあったんじゃないの?
馳せ参じなくてもいいの?
御上をお守りすることは、彼らにとって至上の急務ではないらしい。
立ち上がっていた左馬之助殿が、目を閉じて腕組みをしている伊勢殿をちらちらと見て、いかにも「行かなくていいのか」と問いたそうにしている。
だよね。恰好だけでも走って駆けつけないとまずいはずだ。
「福島勝千代」
「……はい」
伊勢殿に唐突に名を呼び捨てにされ、少し驚きはしたが神妙に返答する。
「自ら申し出たのだ、この度の騒ぎの責任を取れ」
おおっと、そうきたか。
先程の謝罪を形だけのものではなく事実にするつもりなのだろう。
それが一条邸での騒ぎについてであれば、権中納言様なら勝千代に悪いようにはなさらないだろう。……ご納得なさらないとは思うけど。
あるいは吉祥殿の腹の虫を収めるという事であれば、結局影武者の件はお受けできないのだから、むしろさらにご立腹なさるだろう。
先程も言った通り、勝千代は陪臣の子だ。御屋形様あるいは父の許しがなければ幕府への出仕はできないだろうし、あの父がそれを認めるわけがないのだ。
それとも伊勢殿は、桃源院さま経由でごり押しする気だろうか。うまくいくとは思えないが。
「……ひとつお伺いしても?」
これが吉祥殿を守るため、という意味で言っているのであればまだいい。
だがあの御子に刺客をさしむけているのはおそらく幕府内部の人間だ。
伊勢殿がまったく無関係だとは言い切れない。
「事態を収める気はないのでしょうか」
「生意気な口を利く」
最初から、良い感情を向けられている気はしていなかった。
だが、「何とかする気はないのか」の返答が「生意気だ」というのは、頭が良いと言われる男にしては安直すぎる。
思わず失笑してしまうと、左馬之助殿からは信じがたいものを見るような目で見られ、当の伊勢殿は昏い色の目で勝千代を睨んだ。
「あの御方を死なせるつもりがないのであれば、出家させるなり、遠方に養子に出すなりなさればよい。それもせず、あたら罪なき市井の者が死んでいくのをただ眺めているだけというのは、どうにも……腑に落ちません」
「なにを!」
怒りの声を上げた松田殿が腰を浮かせたが、伊勢殿はそちらには目もくれず、ただただじっと勝千代を見据えている。
「公方様がご趣味の絵を描かれるために子供を攫い、用が済めば切り捨てるという噂が流れておりますが、御存知でしょうか」
人の口に戸は立てられぬというが、誰もその噂の火消しをしようとしていないのもおかしな話だ。
「まさかではございますが、事情をすべて御存知の上で、傍観なさっておいでですか?」
勝千代が口を閉ざすと、急な沈黙がその場を支配した。
探るようにこちらを見ている伊勢殿。
あっけにとられた風の左馬之助殿。
急に血の気が下がったように顔を青白くさせているのは松田殿だ。
「権中納言様には後でもう一度謝罪をしておきます。それでこの度の件は収めてくださるでしょう。ただし、御心証はかなり悪くなっておりますので、それだけは御留意を」
大体、大人がそろいもそろって阿保面を並べただけで、謝罪を口にしようとしなかった。
元服もまだの、しかも被害者の子供に頭を下げさせ、それで良しとする態度は、誰だって気持ちが良くはならないだろう。
どれぐらいその沈黙が続いただろうか、やがて遠くから伊勢殿を呼ぶ声が聞こえてくる。
さすがにこれ以上長居することはできなかったようで、組んでいた腕が解かれた。
「……深入りせず、遠江に戻ることだ」
立ち上がり、勝千代の横を通る際の一言に苦笑する。
一応、帰してくれる気はあるらしい。
そのまま退室しようとした伊勢殿に、そう言えばもうひとつ聞いておかなければならないことがあるのを思い出した。
丁度いい不意打ちかもしれない。
「伊勢様のお宅に、我が父福島上総介が絶縁した庶子がいるそうですね」
その足が、敷居をまたぐ途中でぴたりと止まった。
……ほう?
「蟄居を命じられ預けられた朝倉家から出奔し、父に福島姓を名乗ることなど一度も許されたことはないにもかかわらず、福島亀千代と名乗っていると聞きます」
頑として振り返らない中肉中背の背中を座ったまま見上げて、そこから読み取れるものを探ろうと目をすがめた。
「福島家には私の下に幸松という弟もおりますし、嫡流である叔父たちもおります。今さら許されもせぬ名を名乗る意図は何でしょう」
そもそもなぜ、縁もゆかりもない庶子兄を屋敷に住まわせているのか。
「……知らぬな」
伊勢殿はそう言いおいて、はた目にも足早としか呼べない速度で廊下を遠ざかって行った。
面白い反応だ。




