4-4 上京 一条邸 離れ4
視線が突き刺さる。
……まあ、覚悟はしていた。
ずらりと左右に並んだ、意外と色とりどりの直垂姿の武士たちが、お世辞にも友好的とはいえない表情でこちらを見ている。総勢十名ほど。
かなり状況が悪そうだ。
この厳しい視線は松田殿の報告のせいか。それとも、武士たちの中では最上座にいる、暗い色の直垂姿の男のせいか。
あれが伊勢殿だろうな。
部屋に入る前にちらりと見ただけだが、四十半ばほどの、取り立てて特徴のない普通の外見をした男だった。
中肉中背、髭はなく、烏帽子は小さめ、表情も比較的穏やかだ。
だが、外見的にはありきたりでも、この男に対して周囲が異常に気を使っているのが見ていてわかる。
幕府の黒蛇? そういう二つ名がつくぐらいだから、二木のような男を想像していたが、それよりももっと普通で、だからこそ警戒が必要だと感じた。油断はできない。
この場で最も上座に座っているのは権中納言様で、その傍らには土居侍従。
おかしなことだが、難しい顔をしているむさ苦しい武家たちよりも、すまし顔の公家側のほうにシンパシーを感じている。
「熱は下がったようやな」
第一声がそれってどうなんだろう。
顔は上げずに、更に頭を低くする。
「直答をお赦しになるそうです」
土居侍従の、こってこてにイントネーションを変えた京訛りに、こんな時なのにひくりと横隔膜が引きつる。
いや、笑っていい場面じゃないぞ。
「はい、権中納言様。ご心配頂きまして有難く存じます」
「なんでもなぁ、そなたの縁者とやらが、麿の屋敷に長居するのが申し訳ないと言うてきてなぁ……ま、顔をお上げ」
勝千代がゆっくりと両手を床から外すと、どこからかため息のようなものが聞こえた。
誰だろう。
居並ぶ武士たちのうちの誰かだが、はっきりしない。
勝千代はさっと視線を大人たちに這わせた。
その中に宿屋に来ていた湯浅殿がいた。そういえば箕面と扇屋はどうしているのだろう。
「まだ顔がだいぶ腫れておるな」
勝千代は視線を最上座の権中納言様に戻し、曖昧に微笑んだ。
「吉祥殿はどうにも疳の虫が強すぎるようや」
「お、お待ちください! それはこの者が無礼な口を」
「直答は許されておりませぬ」
口を挟もうとした松田殿に、土居侍従がにべもなく言う。
権中納言様は松田殿の方には視線もやらず、脇息に肘を置き扇子で掌を軽く二度叩いた。
……おお。たったそれだけの動きで、松田殿が臆したように口を閉ざしたぞ。
「そう言えばのう、伊勢。お勝殿が縁者だと言うのはまことか?」
「はい」
至極あっさりした口調でそう答えたのは、やはり武家としは最上座に座っている男だった。
「駿河の今川殿の実子と聞いております」
「修理大夫か」
「はい。こちら左馬之助殿の従甥にあたります」
皆の視線が一斉に向いたのは、三十過ぎほどの背の高い男だった。
もしかすると、先ほど溜息をついた人かもしれない。
従甥というのは、従兄の子という意味だったか? つまりは御屋形様の従兄……一門衆の中に従兄を名乗る者がいた記憶がないから、つまり母方、北条か。
あまりお近づきにはなりたくない相手だ。
そう思いながらも顔には出さず、愛想よくにこりと笑顔を向けると……左馬之助殿が複雑怪奇な表情で笑みらしきものを返してくる。
「おお、それであれば、竹王丸君の側近として不足はないのではありませぬか」
湯浅殿の隣に座っていた男が、露骨なほど明るい声を作って言った。
「多少ぶつかり合うのも、この年頃にはよくある事」
「そのお話でしたら、お断り申し上げました」
やけに早口で、畳みかけるように言われたので、誤解を与えないよう速攻拒絶した旨を伝えておいた。
驚いた表情をした大人たちが、その面に次第に不快の色を浮かべる。
「無礼であろう!」
松田殿ではない、紹介を受けていないので誰かもわからない男が、松田殿と全く同じ表情で勝千代を睨み据えた。
「地方田舎侍が、将軍家の直臣にとお声がけいただいたのだぞ!」
……いや、将軍家じゃないでしょ。内包する仮想敵じゃないか。
「いえ、影武者になって死ねというようなことを申し付かりましたので」
「……はっ?」
「これまでも度々、影武者を立てたそうですね。ついせんだっては商家の娘だったそうです。その子供よりは、私の方がまだマシとのお言葉をいただきましたが……」
「何を言う!」
勝千代に対して憤慨した表情なのが半分、もう半分は驚愕の表情だ。
これはあれだな、まったく事情を知らないわけではないが、そこまで状況が悪いとは思っていなかったという感じだろうか。
特筆するべきなのは、北条の左馬之助殿だ。目を大きく見開いて、動揺している風に見える。……これはどうとらえるべきだ?
勝千代は、こわばった表情の松田殿に視線を向けた。
「何度も口にするのは申し訳ないと思うのですが、私は福島家の嫡男、ずっと京にいるわけには参りません」
「お勝殿」
そういえば、権中納言様は勝千代に「殿」をつけて呼ぶ。
伊勢殿も松田殿も呼び捨てだった。なんなら、御屋形さまの事でさえ修理大夫と敬称なしで呼ぶのに、何故勝千代には「殿」をつけるのだろう。
「そなたに万が一のことがあれば、怒り狂うのは父御だけやない」
さっと権中納言様が手を上げられた。
何の気なしにその指先を目で追って、勝千代は何故大人たちの表情が険しいのかその理由を察した。
室内で最も下座に座っているのは勝千代だ。
いわゆる、逆お誕生日席のような配席で、その背後にあるのは中庭。
そこに配下を控えさたのは、いつどんなことが起こっても行動に起こせるように、という思惑からだ。
しかしそれは、今ではない。
「逢坂」
その筆頭格である白髪頭の男に向って、鋭く叱責の声を上げる。
庭先に整然と片膝をついている男たち。勝千代に従って京までやってきた福島家の者たちだ。
その手に刀が握られているわけではないが、すぐにも戦闘態勢に入れそうなほど、緊張感のある佇まいだった。
いや、控えていろとはいったが、表に出て来いとは言っていない。
何なら先ほど手を洗った時には、木陰などの目立たないところに居たじゃないか。
こんなところで、いかにもな態度でいるのはまずい。
示威と見られるならばまだ良い、敵対行為とみなされたらどうする。
「さがれ」
「よい」
ぱたりと緩く手を振って、権中納言様が「ふふふ」と含み笑う。
「そなたの事が気がかりなんやろう。数日前には乱暴者に歯を折られた故になぁ」
「申し訳ございませぬ」
「良いと申しておるやないか。麿の屋敷で麿が許したこと故に、何者にもとやかく言わせぬ」




