表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春雷記  作者:
京都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

188/397

29-4 宿場通り 庶子兄2

「このような話を、今ここでするのはふさわしくないのでは」

 勝千代はそう言って、ちらりと堺衆を横目で見た。

 部屋の真ん中にいる派手な集団なのに、これまで完全に空気と化していた男たちが、ようやくもぞりと身じろぐ。

「今川は伊勢殿に合力するのもやぶさかではありません。ですが、畏れ多い所からの和睦の話があがっているのでしょう?」

 湯浅殿は思い出したとばかりに商人たちを見た。何をそんなに驚いている? 彼らは最初からそこにいたぞ。まさか忘れていたなんてことはないよな?

「……内々の事です」

 勅令が内密の話なわけないじゃないか。

 しかも情報の発信源である堺衆の前で喋っておいて、内々はないんじゃなかろうか。


 湯浅殿が会いに来たのは勝千代ではなく、今川軍総大将の朝比奈殿だ。今後の動向を問いただす為だったようだ。

 例の太っちょ文官近藤から、今川館の意向は聞いていたのだろう、どうして協力しないのだと苦情を言いに来た。

 当の朝比奈殿は、散々攻撃を仕掛けてきておいて厚顔無恥なと感じたようだが、その怒りを発露させる前に、お伺いを立てるように勝千代の方を見た。

 こちらの事は気にせずどうぞと頷き返したのだが……ちょっとまって。どうしてそこで刀を抜く?!

「なっ」

 何をする、と言いたかったのだと思う。

 湯浅殿は数歩後ずさり、うちの護衛に背中をぶつけてギクリと肩を揺らせた。

「ぬ、抜いたな!」

 湯浅殿に腕を掴まれたままの庶子兄が、大声で叫んだ。

「そちらが先に抜いたのだぞ! 覚悟致せ!!」


 立ち上がり、刀を抜き放った朝比奈殿は、静かなすり足で数歩進んだ。

 兜をかぶっていない朝比奈殿の顔は、隠されることなく剥き出しである。防具がないという事ではなく、その表情を遮るものがないという意味だ。

 静かに沸き立つ怒りがあらゆる方向に露わになっていて、正直に言おう、肝が冷えた。


 待って、待って。

 なんとか止めねばと思ったが、とっさに言葉が出て来なかった。

 ここで伊勢殿の使者を殺すわけにはいかない。

 そのことは本人もわかっているはずなのに、庶子兄の警告も意に介さず剥き出しの刀を突きつけている。

 隣にいる井伊殿も知らぬ顔、いやむしろ楽しそうにしていないか?

 誰も止めようとする者はいなかった。

 え? つまり勝千代が間に入らなければいけないのか?


「そこまで」

 仕方がない。勝千代は渋々と声を上げた。

「ご心配なく、湯浅殿。羽虫が飛んでいたので始末しようとしただけです」

 言い訳にしては厳しいが……誤魔化しているうちに刀を仕舞ってくれ。

 勝千代がそう祈っていると、動きを止めた朝比奈殿が首だけでこちらを振り返った。

 刀はまだ中段で構えられたまま、つまりは湯浅殿(ついでに庶子兄)の喉元に切っ先が向いている。

「羽虫はもういませんよ。飛んでいたらまたお願いします」

 朝比奈殿は首を傾け、勝千代の顔をじっと見てから、ようやく「は」と了承の声を発した。

 特に血肉をまとっているわけではないのに、一度下向きに刀身を振ってから納刀する。優雅で無駄のない動きだ。

 井伊殿が若干残念そうな顔をしているのが気になるが、なんとか事は収まりそうだった。

 勝千代はほっと息を吐いた。

 同時に、堺衆の大勢もまた大きく肩を上下させていた。巻き込んで本当に申し訳ない。


 勝千代は改めて、「お帰り頂く」ために丁寧に言葉を続けた。

 「さっさと帰れよ」とはいえないので、オブラートに包んで適度にラッピングする。

「和睦の件に片が付いてからお話ししましょうと、伊勢殿にお伝えください」

 それより前に陣払いの予定だけどな。

「それは」

「ここ数日、どこからかの襲撃が続いているのです。皆気が立っています」

 ほぼ間違いなく伊勢殿の手の者だが、それに湯浅殿がどこまでかかわっているかはわからない。現に何も知らぬげな顔をしていて、しきりに勝千代と朝比奈殿を交互に見ている。

「和睦が成立すれば、我らも帰国せねばなりません。そのための準備をしています。伊勢殿も身の振り方をお考えになった方が良い」

「無礼だぞ!」

 身の振り方、という言い方が気に障ったのだろう。

 庶子兄が意気をとり戻そうと声を張ったが、逆効果だった。勢いだけの口調では、その顔色を誤魔化すことはできない。

 勝千代はここに来て初めて、真正面から庶子兄の顔を見た。

「それは失礼いたしました。ですが、和睦の条件によっては、そちらも陣を引かねばならないでしょう。兵糧の方は大丈夫ですか? うちはおおよそ半数が小石でしたが」

 もちろん嫌味だよ。

 黒幕陣営の兵糧も同じ有様なら、むしろ感心する。


「和睦の勅令が降りています。それに背くには相当の根拠が必要になります」

 今伊勢殿が動けば、細川陣営も動くだろう。

 知ってるか? そろそろ六角の尻に火がつくんだぞ。

 もちろんそんな事を教えてやる義理などなく、勝千代は如才なく笑った。

「我らにしても、そこまでして御味方してよいものか判断がつきませぬ。そろそろ北条の援軍が到着するそうですね、そちらに話をしてみてはいかがでしょうか」

 左馬之助殿の弟がこの状況をどう判断するかはわからない。

 だが、うちよりは可能性があると思うぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
[一言] 福島の鬼子の嫁さん本当にどうすればいいんだろう。 ここまで名を成すとねえ。 勝千代くんは別に臣下筋からでもいいよと言いたくなるだろうが、婿父の誉欲しくて家中でえらいことになるだろうし。 ご近…
[一言] 「ご心配なく、湯浅殿。羽虫が飛んでいたので始末しようとしただけです。湯浅殿が来られる少し前から、羽虫がうるさくしていたのですが……」  そこまで言って勝千代は庶子兄の方に視線を移し、ふっと鼻…
[一言] 朝比奈様→刀をスラリ(憤怒) 井伊殿「ワクワク♪」 読者(私)「ワクワク♪」 勝千代「そこまで」 井伊殿「ちっ(残念)」 読者(私)「ちっ(残念)」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ