29-1 宿場通り 堺商人1
田所の意識が戻っていたので、少し話せた。体幹部分に傷はなく、手足の負傷だからか、食事もできているようだし熱もないそうだ。頑丈な男だ。
それを言えば土居侍従も顔の怪我だけなのだが、こちらはまだかなりの高熱で辛そうだった。
とはいえ意識はしっかりしているし、食事も薬も取れている。予後が最悪というほどでもないようなので、あとは日にち薬を期待するしかない。
いくらかほっとしながら屋敷に戻ると、こちらはかなり頭が痛い状況になっていた。
「……何をしているのでしょうか」
ぴきり、とこめかみに筋が浮いてしまったのはやむを得ない。
勝千代の存在に気づいた男たちがはっと息を飲み、一斉にその場で膝をついた。
ようやく見渡せるようになった室内では、広い板間の部屋の中央に、商人たちがひとまとめに集められている。
顔色を悪くし、身を守るために互いに寄り添いあい、それでも毅然とした態度を崩すまいと険しい顔をしている。
申し訳ない。うちの連中が……
「朝比奈殿?」
腕組みをして仁王立ちだった朝比奈殿が、片膝付きから両膝付きになって頭を下げた。
勝千代は手に持っていた扇子をパチリと鳴らした。
閉じた扇子を軽く振ると、商人たちを威圧する為に集まっていた者たちがサササッと下がった。素早いなおい。
二十畳ほどの部屋に残ったのは、まだ顔色が悪い商人たちと、朝比奈殿、井伊殿、弥三郎殿の三人だ。
その他の者たちも遠くにいるわけではなく、部屋の出入りを塞ぐ位置に控えている。
一礼して部屋に入ってきた勝千代の側付きたちが、てきぱきと場を整えた。
といっても、最上座に勝千代の脇息を置いただけだが。
勝千代は小さく息を吐いてから、その子供用の脇息の側まで歩いた。
それに追従するように、朝比奈殿たちも場所を変える。
しばらくして、誰かがほっとしたように息を吐いた。
その音がやけに大きく響いて、山吹色の着物を着た男が焦った様子で居住まいを正した。
今さらだが、そんなに緊張しないで欲しい。
取って食ったりはしない。平和的に話し合いをしたいだけだ。
「佐吉」
「はい」
鮮やかな色彩の大商人に紛れて、ひとり地味な装いの佐吉が、日向屋の影からひょこりと首を伸ばした。この男、目立たないでいようとすればとことん気配が殺せる男なのだが、さすがにここではそんな事をせず、普通の商家番頭の顔をしている。
「話はしたのか?」
米蔵の話だよ。
そう問いかけると、「いいえ」と首を横に振る。
まあ、ここに来るまでは黙っているようにと言っておいたからな。
「では、その方が一番詳しい故に、解説を任せる」
佐吉は目を瞬き、お伺いを立てるように日向屋の後頭部を見てから、ひどく大仰な仕草で頭を下げた。
「お、お待ちください!」
佐吉が半分ほど話し終えたところで、震える声が上がった。
癖のある関西訛りのアクセントで大きな声を上げたのは、赤い羽織の男だ。
戦隊ものだと主役を張る男前が担当する色だが、こちらのレッドはぽっちゃり中年のオヤジだ。
「に、二十万石にございますか?!」
「茜屋の、話は最後まで聞きましょう」
そう言ってアワアワと口を開閉しているレッドを宥めたのは、鮮やかに青い羽織のイケオジ。
年齢不詳の男前だが、若干髪に白いものが混じり始めているから、四十から五十あたりか。
促され、再び佐吉が話を始める。
米に小石が混ざっていた件では、その場にいた商人全員が渋い表情になった。憤慨したように鼻を鳴らしたのは、オレンジ色の、笑点メンバーを連想する羽織の色の男だ。
はっきりと名指しはしなかったが、商人たちはその犯人に心当たりがあるようだった。
「あいつか」「やりやがった」などと、ぶつぶつ悪態をついている。
小石を混ぜる件は、伊勢殿が主犯だろうが、もちろん武家が単独では無理だ。商人のほうにも協力者はいた筈で……オレンジが鼻頭に皺を寄せて、なおも苛々とその何者かを罵っている。レッドもイエローも渋い表情だ。
佐吉の状況説明が続く中、勝千代はじっと彼らの表情を観察していた。
どう話を持って行くかの参考にしたかったからだ。
露骨に商売っ気を出すようなら釘を刺さなければならないし、腹に一物あるようならこの件からは外れてもらったほうがいいだろう。
勝千代が扇子を弄びながら様子をうかがっていると、同様に、こちらをじっと見ている男と視線がぶつかった。先程レッドを諫めたイケオジだ。
「……」
そのまま丸呑みにされそうな凝視だった。なんでそんなにこっちを見る? ただの幼気な子供じゃないか。
しばらく視線を合わせたままで、勝千代は蛇に睨まれた蛙の気分を存分に味わった。
「……そういう事だ」
佐吉の話が終わり、しばらく何とも言えない沈黙が漂った末、勝千代はふいっとイケオジ・ブルーから視線を逸らし言った。
「米が悪くなる前に何とかしたい。佐吉が帳面を持っているから、米を預けたと証明できる者には銭で返してやると良い」
「金銭でのやりとりになりますと、時期に応じて、足りない、多いなど厄介なことが発生しますが」
イケオジの声色は心地よい低さで、表情も商人らしく穏やかだが、その目つきはこちらを試しているような雰囲気だった。
勝千代は再びその視線を受け止め、軽く扇子を開閉しながら頷いた。
「米のその時の時価でよい。下手な色気は出すなよ。今回はあくまでも臨時の措置だ。相場の事は……まあ、要相談だな」
「と申されますと」
「二十万石もの米を一気に流せば、米の値段は下がりすぎるだろう」
ざわざわと、苦情なのか文句なのか小声で言いあっていた商人たちがピタリと口をつぐんだ。
なんだよ。子供が米相場を語ったら何か問題でもあるのか?
活動報告未読の方へ。Twitterで更新が追えるようにしました。よかったらどうぞ。
Twitter@enjyu007(https://twitter.com/enjyu007)




