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春雷記  作者:
京都編

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22-1 下京 和光寺外1

 抜け道の先の寺までは一本道だが、狭く暗く距離もそれなりにある。

 事が起きてすぐな上に、足手まといであろう乳母殿を連れているので、すぐに追いつけるはずだった。

 だがしかし、田所はなかなか戻ってこず、四半刻ほど待って不測の事態が起こったのだと判断した。

「移動する」

 勝千代はすぐにも廃寺から離れようとしたが、もう少し待とうと皇子の残りのお付きたちが言う。

 問題外だ。下手をするともうすでに手遅れかもしれない。

 所属不明の兵士たちが周辺に集まってきているとの知らせが届いたのはその直後だった。

「動けますか」

 勝千代は血で真っ赤に染まった布を顔に当てている土居侍従に問いかけた。

 あえて皇子のお付きたちには尋ねない。

 その中にも、敵に内通している者がいるのかもしれない。

「み、皇子は」

「田所が手間取っているという事は、どこかの勢力の手に渡ったと考えるべきでしょう」

「そんな……」

 勝千代の言葉に、ショックを受けた表情をするお付きたち。

 土居侍従はさすがに取り乱すことなく、ぎゅっと奥歯を噛みしめている。

「必ず取り戻します。その前に、我らが捕縛されるわけには参りません」

 勝千代は可能な限り毅然として見えるようそう言って、腰の重い者たちに移動を急かした。


 日差しはまだ中天を少し過ぎたあたりだ。

 燦々と降り注ぐ陽光が、身をひそめる事を困難にする。

 いまだのろのろと、隠し部屋から出たくない風なお付き衆を置いて行くわけにはいかず、動きの鈍い老医師や小太りの侍従らを何とか宥め、とりあえずは廃寺の隣家に身を移した。

 ひどい血の匂いをまき散らし、勝千代を含め、荒事には不向きな面々を引き連れての迅速な動きは難しい。

 そこからどのルートを引き口にするか、判断する役割を担っていたのが田所なのだ。索敵能力に優れた忍び衆が比較的多くついているので、敵のど真ん中に突っ込んでいく心配はしていないが、最終的な決断は勝千代に一任になる。

 ただついていくのと、右左どちらかを選択しなければならないのとでは心的負担がかなり違う。

 どこの道を選んでも、少し先には兵士がいるという緊迫した状況に、緊張から喉がカラカラに乾いてくる。

 どちらに進むかではなく、そもそも動かずにいるべきではなかったのか。

 いつも以上に迷いが生じ、足取りもおぼつかない。


「……あっ」

 小太りの侍従がよろめき、身体を支えようと側の壁に手をついた。

 パキリと木が折れる乾いた音がして、勝千代の足元まで立てかけられていた桶がカランカランと転がってくる。

 寸前、何もない所で躓き、支えられたところだった。勝千代と違って支えてくれる者のいない侍従殿の失敗は、即座に自身の身につまされる。

「いたぞ! あそこだっ」

 ひゅっと息を飲んだのは誰だったか。


 勝千代の周囲で、福島家の者たちが刀の柄に手を当てる。

 今のこの状況でもまだ抜かない。

 勝千代がまだ、その許可を出していないからだ。

 目の前には、味方の数をはるかに凌駕する兵。足手まといを多数抱え、絶体絶命のはずなのに、皆の表情は冷静だった。


 勝千代もまた、すうっと頭から血の気が下がる感覚を抱きつつも、視覚が妙に冴えわたり時間がゆっくり進んでいるように感じていた。

 ここで戦うのは悪手だ。

 十倍以上と真正面から戦わせるなど、指揮官としては無能。

 どうするべきだ?

「ひっ」

 ひしゃくを転がした侍従殿が、ガタガタと震え尻餅をついた。

 逃亡中の、皇子の侍従という立場を隠すべき状況で、いまだはっきり殿中の公家とわかる身なりをしているのは致命的だ。

 昨日そう感じた時に、その事を指摘しておくべきだった。

「若」

 真後ろから、一瞬誰の者かわからない声がした。

「しんがりを務めます」

 聞いたことがない声色だったが、そう言っているのは谷だ。


 敵前から逃走することに関して、不名誉だとか、そんな事は思わない。

 勝千代にとってはそれよりも、誰かを犠牲にすることの方が大きな問題だった。

 谷をしんがりに残すという事は、彼を戦わせ勝千代たちは退路に引くということだ。

 いつかそういう日が来るかもしれないとは、うっすら覚悟をしていた。

 だがそれが今では断じてない。


「た、助け」

 震え上がった誰かがそう言った。

 ひとりパニックを起こせばそれは伝播する。

 言葉にならない悲鳴があちこちからあがり、腰が抜けたようにその場にへたり込んでいく。

 皇子の侍従殿たちの半数が、もはやその場から動くことはできないだろう。

 彼らを抱えてどうすればこの状況を打破できる?


 勝千代もまた身体が強張っていたが、変わらず思考は動いていた。

 何故このような状況になったのか。

 内通者がいたのは確実だとして、少なくとも勝千代が到着してからは連絡を取り合う間などなかったはずだ。

 忍び衆を出し抜いてそんな事をできるとは思えず、つまりはそれより前から、皇子を手に入れるための策が動いていたのだろう。

 そう思った瞬間、脇から伸びてきた手が勝千代の襟首をつかんだ。

 子供の身体は軽々と浮き、一団の前へと数歩飛び出す。


 ああそうか。内通者はお前か。

 皇子の護衛のうちの、負傷したひとり。

 勝千代を手土産にするつもりか。


 この期に及んでも、勝千代はまだ冷静に周囲を見る事が出来ていた。

 見ていたのは背後。

 谷が動く。

 三浦も動く。

 皆が一斉に刀を抜き、振り上げられたその切っ先が護衛の背中を袈裟切りにする。


 「よし」の号令は出していないが、こういう非常事態は別だ。

 勝千代より何倍も反応速度が高い男たちが刀を抜き放ち、それにより対面の兵たちも一気に殺気だった。

 一撃致命傷を負った護衛の腕から勝千代が転がり落ちる。

 素早く回収したのは南で、残りの十人ほどがボールのように地面に転がった勝千代よりも前に進み出ている。


 そこから膠着状態が数秒。

 何故か動かない敵兵たちが左右に割れて、奥から一人の若い男が姿を現した。

「場違いな小僧がいるな」

 鎧兜は紺色の地味な色味だが、ひと目で高位の武士だとわかる武装姿だ。

 屈強な体格といい、その色合いといい、勝千代だけではなく福島家の者たちの目にもひどく馴染みのあるものだった。


 福島亀千代と名乗る庶子兄がそこにいた。

ね、寝落ちしてしまったぁ><

昨日は車で遠出しておりました。ゴールデンウイークはどこも混んでますねぇ

回る寿司屋が、九時近いのに待ち時間二十分TT

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福島勝千代一代記
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