21-4 下京 和光寺3
踏み込んできた複数の足音と、揉めている声。勝千代はそれらに耳を済ませながら目を閉じた。
ここで寝込んでいるのは、「名もなき武家の若君」だ。素性を聞かれても適度に誤魔化し、最終的にはちらりと病床を覗くだけという約束で勝千代の寝姿を見せるという計画にしている。
いまだ下京で身を潜めている者は一定数いるだろうし、意識も怪しい子供をたたき起こしたり、どこかへ連行したりはしないだろう。……そう目論んでいるのだが甘いだろうか。
彼らが捜しているのはおそらく見失った皇子や高位の公家の方々であり、武家衆はスルーするはずだ。
怪しい点と言えば、空きのある宿ではなく廃寺に身を潜めている事だろうが、言い訳としては避難してきた当初は宿がいっぱいで入れなかった事にする。
ついでに、菩提寺の住職に頼んで棟借りしているのだと言い張れば、納得するしかないだろう。
かなり白熱した雰囲気で侵入者を押しとどめ、どうか御静かにと懇願する三浦の芝居はなかなか堂に入っている。
勝千代も負けてはいられない。
ここ数日寝不足から顔色が悪く、やせて小柄な体形からも不健康そうに見えるので、寝たふりをしているだけでも重病人に見えるはずだった。
念には念を入れて、弥太郎お手製の、発汗作用のある薬湯を飲んでいる。はたから見ると熱で身体が火照っているように見えるだろう。
もちろん念入りに調べられたら困るので、勝千代を寝間から退かそうとした段階で、侵入者は速やかに処分するよう命じてある。
見学オンリー。お触り厳禁だ。
さあいつでも来い、と身構えていたのだが、連中は三浦の断固とした態度にあっさり引き下がった。
渋りに渋って臥せっている勝千代の寝間を覗かせる算段が、拍子抜けするほどあっさり崩れてしまった。
だが安心はできない。わざと引いたふりをしているだけかもしれない。
しらみつぶしの探索なのに、子供が臥せっているからという理由でその建物内を調べないなどあり得ない。せめてその話が真実なのか、寺に他の者が隠れていないかぐらいは調査するべきじゃないのか?
渋い顔つきをした三浦が戻ってきて、どういう状況だったのか教えてくれた。
「袖の下を要求されましたので、小銭を握らせました」
そこに何か別の意味があるのかと勘繰ったが、そんなものはなく、露骨に金銭を求められただけらしい。
確かにいい小遣い稼ぎになるのかもしれないが……朝倉軍の規律はどうなっているのだ。
「賄賂が通ったと、こちらが油断するのを待っているのかもしれぬ。気は抜くな」
「はい」
油断などするうちの連中ではないが、改めて気を引き締めた様子で頷いている。
勝千代はそんな三浦たちをぐるりと一周見回した。
「夜のうちに何者かが調べに来ても、知らぬふりをしておけ」
「ここまで通してもよろしいのでしょうか」
「よもや臥せっている子供に乱暴な事はするまい」
危惧した通り探りに来られたとしても、子供を殺せと命じられてはいないだろう。
勝千代がこの場を動かなければ、抜け道は臥所の下に隠され続ける。
「無体を働くようなら介入せよ。それ以外なら静観だ」
そう言って再びふうと息を吐き、寝間の上で脱力した。
「予想を言ってもいいか?」
弥太郎が丁寧な仕草で掛布にしている着物を引き上げる。
その役人顔がかすかに傾き、先を促されて、勝千代はため息交じりに長く息を吐いてうっすらと笑った。
「明るくなってからまた堂々と来るぞ」
夜中には来ない気がする。
「いい金づるを見つけたとな」
福島家ははっきり言って金欠だが、身代としては小さくはないし、それは配下の者たちの身なりからもわかるだろう。
つまりは絞り甲斐のある財布というわけだ。
堂々と賄賂を求めてくるのは慣れているからで、そういう輩は食いつき先を逃しはしない。
「よろしいのですか?」
とうとう弥太郎にまでもそう問われ、小さく声を出して笑う。
誰もが勝千代に「いいのか?」と確認してくる。
それほど危うい道を進んでいるように見えるのか。
あるいは、もっと安全で確実な方法があるだろうと言いたいのかもしれない。
「一日引っ張るだけだ」
ゴリ押しは可能だと思う。だが百パーセント安全というわけではない。
皇子の御身を第一に考え、慎重に慎重を期したい。
「……もういい加減京にいるのに飽いたな」
勝千代がそう呟くと、弥太郎が真顔で頷いた。
「人が多すぎますから」
忍びは人が多いほうがやりやすいのではないか? そう問い返そうとして、弥太郎が忍びとしてではなく、個人的な返答をしたのかもしれないと思いなおした。
「そうだな」
思えば、昔から満員電車や人の多いスーパーなども苦手だった。
腕利きの忍びとは違う感覚なのかもしれないが、人が多いとどうも疲れやすいのだ。
勝千代は目を閉じ、つかの間の休息を取ろうと深く息を継いだ。
お子様の身体には、この長時間労働は過酷すぎる。
緊張感が緩んだ瞬間に、遮るものなくまどろみの中にいた。
意識が途切れる瞬間、今この時にあの時代に戻れたとして、変わらぬ日常生活が送れるだろうかと自問した。
見知らぬ他人とミリ程の距離感で長時間同じ箱の中にいる。……今思えば、正気の沙汰とは思えない。
そう感じてしまうほど、戦国という、人間の業が渦巻く時代に馴染んでしまったのだと自覚した。




