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春雷記  作者:
京都編

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20-1 山科 山中1

 やはり戻りたいとごねられた。前と違うのは、その顔に浮かぶのは悲壮感ではなく、鼻息が荒く頬も上気しているということだ。

 戻ってどうする? 竹槍を持っていた女子供のように、あの燃え盛る最中に戻って戦うとでも?

 勝千代の策は、もっと穏便な方法だった。火をつけて回るようになど、断じて言っていない。

 このぶんでは六角軍以外の所でも怪しい。嘆願書など生易しいと、派手にやらかしているのかもしれない。


 今回の事でひとつ学んだ。

 言葉はどのように曲解されて実行に移されるかわからないという事だ。

 穏便に済む方法があるのに派手に花火を上げたのは、興如の意思だろうか。それとも本願寺派の中に制御できない勢力があるからか。

 ともあれ、事は起こってしまった。

 一旦転がり始めたボールは、何かにぶつかって止まるまで斜面を下り続けるだけだ。

 それが本願寺派という巨大勢力になると、止まるに止まれない。


「あの炎の中で、あなた様をお助けするために門徒たちは奮闘しているのです」

 だからこそ、無事落ち延びる事が証如の使命だ。

 ……実際この戦いの原因は別のところにあるが、あながち間違ってもいないだろう。

 勝千代は渋々とだが従う気を見せた証如の手を再び握った。

 先程までの、ぞっとするほどの怨嗟の表情は頂けないが、それさえなければ悪い子ではないと思う。

 そういう気質の部分は、育った環境に起因するところが大きい。

 周りが皆狂信的な門徒で、そうあるのが当然だと視野が狭まったまま育つよりも、五年とまではいわないが、短期間でも外の世界を見てほしい。

 そしていずれ本願寺派を率いる立場に立つものとして、門徒以外をすべて敵とみなすのではなく、敵のなかにも個人があって、彼らには彼らなりの正義があるのだとわかってほしい。


 岩場を離れながら、証如は何度も本願寺を振り返り、足が止まりそうになる。そのたびに丁寧に腕を引き、転ばないよう先へと誘った。

 戦況がこの後どうなるかについてはわからないが、完全対立はしないという勝千代の基本方針が守られているのなら、六角軍の本質的な軍事力はそれほど欠けてはいないだろう。

 だがもしこの混乱をチャンスとみなし、攻撃を仕掛けていれば、手負いの熊の如き反撃を受けるはずだ。

 今、弥太郎のところの配下二名が調べに行っているが、混乱の中で戦況を把握するのはなかなか難しいと思う。

 ここまで泥沼な状況だと、そもそもどちらが優勢かすらはっきりわからないだろう。

 本願寺は、本殿近くまで燃え落ちている。

 六角軍は、本陣を張っていた場所がすでにもう火の海だ。

 ここから見てわかるのは、戦況がかなり混乱していることだけだった。


 やがて深い木々に阻まれ、本願寺の方角は見えなくなった。

 証如は唇をかみしめたまま黙り込み、ただ足元だけを見ている。

 何を考えているのかわからないのが気がかりだったが、そこまで彼を構っている余裕はない。

 行程は勝千代の足を考慮してくれるほどゆっくりではなく、すでにもう呼吸は荒い。

 軽いジョギングのような速度で山中を横へ横へと進む。若干の下りだがほぼ真横への移動で、はっきりとした道などはなく、油断していたら足を取られて滑りそうだった。

 四年前よりは身体は強くなったし、体力もついたが、まだまだ貧弱で頼りないお子様のままなのだ。

 努力だけでどうにかなるようなものではなく、やはり細身の御屋形様からの遺伝だろう。

 福島の父に似たかった。あの安定感のあるがっしりとした体躯が理想なのだ。

 そのためにはやはり良質なたんぱく質とカルシウムを……

 現実逃避気味にそんな事を考えていたので、前方を行く者たちが立ち止まったことにすぐには気づかなかったし、証如に腕を引っ張られなければ危うく硬い背中に鼻先をぶつける所だった。


 勝千代は小柄だ。

 歳の割に、というのもそうだが、そもそも十歳未満の子供なのだ。

 この時代の者にしては背が高い護衛たちに囲まれ(一部例外含む)、まったく前が見えなかった。進行方向だけではない、いつの間にか護衛たちがぎゅっと周りに集まってきており、四方は壁だ。

 ちらりとその隙間から見えたのは、見覚えのない武家の男だった。

 旅装でも戦装束でもない、きちんとした身なりをしていて、到底このような山中で偶然に出会うような男ではない。


 勝千代はとかく命を狙われ続けてきたので、刺客が来ることも珍しくはないが、何故かこの時は狙いが己ではないと確信していた。

 証如の手をぎゅっと握り、引き寄せる。

「ここからは三郎とお呼びします。あなた様はわたしの小姓です。できるだけ口を開かないように。必要な時は口調にお気を付けください」

 こっそり囁くと、小さく手を握り返される。

 横目で見たその顔色は悪い。もしかしてあの男に見覚えがあるのだろうか。


「何者か」

 三浦が警戒もあらわに誰何する。

 肉壁の隙間から見えたのはひとりだけだが、足音的に複数名いるのだろう。もしかすると、こちらよりも人数が多いのだろうか。

 三浦の誰何にすぐに返事は返ってこない。

 ただ無言で、なにやらこちらを伺い見ている気配がした。


「証如様でいらっしゃいますでしょうか」

 かなりたっぷり観察された末に、武骨寄りの見た目にそぐわない、細い甲高い声が証如の名を呼んだ。

 びくりと震えた手を握り直し、大丈夫だと力を籠める。

「いえ。人違いです」

 普段より十倍硬い口調の三浦が、すげなくそう答えた。

サブタイトル、「やまなか」ではなく「さんちゅう」です。

タイトルつけるの難しくて、アドバイス頂いた通り主人公の居場所を表記したものです。

どなたかに住所と言われ、なるほどと思いましたw

今回は住所氏名的な……

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福島勝千代一代記
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一応この時代でも狩猟したものなら肉食はしていたそうですがお勝つちゃんクラスのいいとこの子でもそんなに食事にありつけないものなのでしょうか?
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