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春雷記  作者:
京都編

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18-4 伏見 争乱4

 いくら松明を掲げ、篝火を焚き、大きな月がくっきりと美しい明るい満月の夜であろうと……この時代の夜は、闇が深い。

 むしろ明るく照らそうとすればするほど、その闇は深みを増す。

 一歩踏み込めば奈落の底も有り得ると、誰もがひそかに思っていて、そういう心理もまた夜の色濃さを増す要因となっている。


「本当に行かれるのですか」

 遠山が問う。

「ここ伏見が戦場になるやもしれぬのは確かですが、町の外は更に危険ですぞ」

 月明かりに照らされて、その表情はひどく気掛かりそうに見える。

 この男が一介の子供をそこまで気にする理由がいまだに理解できず、しかし考えても答えは出ないとわかっているので、勝千代はそれらを撥ねつけるべくあえて真顔で答えた。

「北条にはぜひこの地を死守して頂きたい」

「……死守、ですか」

「それだけの価値のある要所です」

「それは確かに、その通りですが」

 大戦が勃発しそうな戦場のその真っただ中にある軍勢は、たかが千とはいえ誰も無視することはできない。

 敵にするにも味方にするにも、あまりにも絶妙な位置なのだ。

 それに、この地には権中納言様がいらっしゃる。あの方には怪我ひとつさせるわけにはいかない。

「双方から味方せよと言うてくるでしょうが、大将が動けないがゆえに中立を保つと答えれば、一日……いえ、半日は時が稼げるはずです」

 小田原からの返書が来る五日後までは到底もちそうにないが、当面の問題を何とかする時間は作れるだろう。


 遠山はさらにもっと不安そうな表情をして、暗がりでよく見えないのだろう勝千代の顔に目をすがめる。

「半日で何かなさるおつもりでしょうか」

 問われて、にこりと笑ってから再び真顔を作った。

「京には五つの街道が集まってきています。六角が東海道をおさえ、細川京兆家は山陰道から攻めて来ています。今はまだ、どちらにとっても逃げ口がある状況です。京攻めに街道の確保は不可欠で、逆に京を守るのにはすべての街道に兵力を分散する必要があります」

「……つまり?」

「すべての勢力には、京は四方から攻められ得る要の地だという認識があり、常に撤退できる状況を確保しているということです」

「確かにその通りですな。引き口の確保は第一でしょう」

 なおも訝し気な大人たちに向かって、「ふふふ」と小さく含み笑って見せると、遠山はさっと表情をこわばらせ、口元を手で覆った。

「すべての街を塞ぐおつもりですか?! 半日で?」

「いえまさか!」

 勝千代は再び真顔になって首を振った。そんなことは、万の軍をもってしても困難だ。

「朝倉や六角、あるいは細川軍のすべてを壊滅させるのは難しいです。できればこのまま引いてほしい。そうしてもらうためには何が必要でしょう」

「……撤退を余儀なくされるほど負け込む、引き口が塞がれそうになる、あるいは……後方で見過ごせない何かが起こった場合でしょうか」

 逢坂老の模範解答に大きく頷いて見せると、遠山は小声で「おお」と唸った。

「いい感じに各地に自勢力を持っている所があるではありませんか」

 今現在周囲を敵に囲まれて、絶体絶命の奴らだ。


「……本願寺ですか?」

「ええ」

 勝千代は頷き、否定の言葉を上げようとした遠山を手を上げて制した。

 弥太郎が超特急で調べてくれたところによると、現在山科は厳戒態勢で、僧侶だけではなく門前町に住む者たち、京から逃れてきた者たちが武装して応戦の構えを取っているのだそうだ。

「彼らを敵に回すのはかなり厄介だと思いますよ」

 戦は武士だけがするわけではない。

 実際に戦になった場合、真っ先にぶつかるのは大概雑兵、普段は農民の歩兵たちだ。つまり武士でないと戦えないなどという事はない。

 現に何年か何十年か先には、一向一揆は各地の戦国大名を長く悩ませ続けた一大勢力になるのだ。

「国を越え、身分も越え、御仏の名のもとに志をひとつにする者たちです」

「あ奴らが理性的に話を聞いてくれるとは思えませぬが」

 何があったのか酷く否定的な遠山に、北条方の大人たちがそれぞれ頷く。

「しかも半日でなんとかなるとは到底……」

「半日で本願寺を動かせるかやってみます」

 勝千代にある当てと言えば、もちろん興如だ。

 あの男なら、現状の危うさをわかっているだろうし、伊勢六角、朝倉を引かせるためなら協力してくれるのではないか。

「今すぐ各国の尻に火をつけようというのではありません。そうなるかもしれないと、ちょっとばかりひやりとしてもらえばいいだけです」

 逢坂らには書簡で済ませばいいと懇願されたが、罷り間違えば宗派そのものが潰されかねない判断が必要なのに、顔を見せず受け入れてもらうのは難しいと思う。

 更には、六角も朝倉も、ここまで来て細川に京を渡したいとは思わないはずだから、国元で一揆が起こるかもしれないと脅されたところで簡単に撤退するとは思えない。

 勝千代が考えているのは、完全な撤退ではなく、一時的足止めだった。

 少なくとも半日。できれば五日。

 今にも戦を始めようといきり立っている武士たちの動きを止めたい。

 皇子を無事に下京から逃し、安全な場所で保護するには時間が必要だ。

最近更新が滞っております点について、いいわけといいますか、事情を活動報告のほうに書かせていただいております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本願寺にブラリと立ち寄るんですか…まぁ、ありかもしれませんね。 負け確定に近い本願寺を救う少年。 宗派的に太子信仰、もしくは弥勒菩薩や文殊・普賢菩薩の生まれ変わりと言われてしまうのでしょ…
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