16-3 伏見 特使3
「福島勝千代殿?」
呼びかけられて、無難に「はい」と返事をしておく。
勝千代はもとより小柄なので、長身の大人が相手だと首が痛くなるほど見上げなければならない。
そのぶん、より幼さ、頼りなさが強調されるのだろう。
視線を合わせて、小首を傾げる。
意図して幼さをアピールしているわけではないぞ。実際に幼少なのだ。
「湯浅殿。妙なところでお会いしますね」
初対面は下京の宿だった。あの時もこうやって、押し入ってくる態での出会いだった。
ただの子供の態度でいさせてくれないのは、どう考えてもそちらに問題があるからだと思う。
驚きが過ぎ去った後には、強い警戒の視線を寄こされた。
より強烈なものが湯浅の背後から刺すように飛んでくるが、あえてそちらには一瞥もくれない。
初対面だから。相手を知らなくて当然、目を向けなくても当たり前。……のはずなのだが、無視された事に腹が立ったのだろう、視線の鋭さは肌を焼くほどだ。
「お座りになられては?」
勝千代は、小声で言った。
「左馬之助殿は今眠られたばかりです」
肩に触れた手でそっと衣を掛けなおし、ちらりと歓迎されざる来客たちを見上げる。
「お見舞いにいらっしゃるには間が悪いですね」
「そちらこそどうしてこちらに?」
湯浅がごく普通の、道端で思いもかけず知己と出会った風に装っているのに、その背後の亀千代殿がすべてを台無しにしている。
「京があんなことになりましたので、遠江に戻ろうとしておりました」
京が火の海になったから、早々に手習いを切り上げ、京を離れなくてはならなくなった。
北条軍副将によからぬ命令をしたから、足止めされて動くに動けないのだ。
本心を隠すことなくそう告げると、ものすごく困った表情をされた。
「いえ、伏見にいらっしゃるのは承知しておりましたよ」
ああつまり、どうして左馬之助殿の枕もとに座っているのか? と聞いているのか。
そんなものはこちらが聞きたい。
どうやら「身内」らしいから、そのせいじゃないか。
四年も命を狙ってきておいて、しれっと味方扱いしようとは、厚顔無恥としか言いようがないが、勝千代がいくら退けようとも、よくわからない理由付けをして距離を詰めてくるのだ。
「湯浅殿こそお忙しい方ですね」
怪我人に無理やりな突撃をして、その容体を確かめようなどと。
勝千代は誰の目にもわかる皮肉を織り込み、唇に弧を描いた。
「余計な事でお時間を無駄にさせるわけには参りません。お確かめになりたいことがあるのなら、手早くお済ませになってください」
勝千代が誰からも見えない位置で合図を送ると、左馬之助殿は、もう一度「さりげない」という意味を勉強しなおした方がいいのではないか、という棒読み具合で「うーん、うーん」と唸った。
「我らは特使です。子供が口を挟むなど烏滸がましいのでは」
庶子兄の亀千代殿が、地を這うような低い声に、隠し切れない憎悪を交えて吐き捨てた。
湯浅がさっと咎める目で振り返る。
勝千代は、今初めて認識しました、という顔を作って亀千代殿を見上げた。
どこのどちら様? ……そう問いかけたらどう答えるのだろう。
強くこちらを睨み据えている目は、大きくくっきりとした二重だ。
父と同じ形の目。
勝千代が御屋形様の面影をその顔に宿しているように、亀千代殿もまた父の血を濃く受け継いだ容姿をしていた。
駿府にいる幸松ほど瓜二つではない。だが、父を知る者ならすぐに血縁関係に思い至るだろう。
「福島亀千代だ」
怪我人がいる部屋ではあるが、れっきとした公の場での名乗りは、はっきりとわかる宣戦布告だった。
ああ、駄目だ。つつかれたら反射的につつき返してしまうのは悪い癖だ。
勝千代は意図して「わからない」という表情を作り、首を軽く傾けた。
「同じ姓ですね」
ちっと舌打ちでかえされた。察しが悪いと苛立っている風だ。
「何も知らぬのか。御育ちの良い御嫡男どの」
えー、特使殿は、補佐役の若いのが公の場でこんな口を利いても黙っているのか?
勝千代が助けを求めて湯浅を見ると、湯浅はもまたわざとらしい咳払いをした。
「池内殿、左馬之助殿を診て差し上げてくれ」
「はっ、はい!」
若干裏返った声でそう言ったのは、額に脂汗を浮かべた三十代ほどの男だった。医者なのだろうが、ひどく自信無げに視線があちらこちらを向いている。
池内はかなりの緊張具合でにじり寄ってきた。
はっきり言って、ものすごく不審だ。
「そこまで」
勝千代は、脈を取ろうと伸ばしてきた手を、強い口調で遮った。
「それ以上はお近づきになりませぬように。脈を取らずとも、顔色や呼吸の音で判断してください」
「そ、それでは診察ができませぬ!」
動揺した医師と視線が合って、嫌な予感がさらに増した。
衆目の中での診察に緊張したのだと言われればそれまでだが、この焦り方は異常だ。
「左馬之助殿は、今なお御命を狙われていると考えられます。申し訳ないのですが、信頼できる者だけしか近づけるわけに参りません」
今慌てて何かを掌に隠さなかったか?
「無礼者!」
もの凄く重量感のある声でそう叱責してきたのは庶子兄だ。
「幕府の御殿医殿になんという口の利き方だ!」
それを言うなら、お前もな。
何度も言うが、ここは病室だが公の場だ。
左馬之助殿は一軍の将であり、庶子兄はその元へ送り込まれた特使のうちのひとりに過ぎないという事を忘れてもらっては困る。




