16-2 伏見 特使2
見た所、部屋に押し掛けてきた特使団は十名ほど。
さすがにそれがすべてではないだろう。だが、入ってきた人数的にみて、制圧できない数ではない。
最悪の場合それも視野に入れて動かなければ……って、なにを考えている、この場は北条家に任せてじっとしているべきだ。
勝千代は大声で挨拶の口上を始めた湯浅の顔を見ながら、そろりと几帳の後ろに回った。
しーっと指を一本立てて唇に当ててから、部屋の後方と廊下に面していない側の隣室の襖を指し示す。
逢坂らをはじめとして、すだれの内側にいる福島家の男たちが、勝千代の指の動きを見てそっと静かに隣の部屋の襖を開けた。
びっくりした。
隣室には左馬之助殿の護衛が複数名、既に刀に手を当てた状態で身構えている。
福島勢の動きにも警戒している様子なのは正しい。
これまでがフレンドリーすぎるのだ。
この分だと、他の部屋にも護衛たちがいるのだろう。この場は任せて大丈夫そうだ。
遠山らが特使団を追い払うまで、部屋の隅で静かにしていよう。
そういう意思を込めて、逢坂らに向けて隣室を指し示す。
にいっと大変良い笑顔を浮かべたのは谷だ。
違う違う、北条側の護衛を制圧しようとしないでくれ。
医師を連れてきたという事は、すだれの内側に入ろうとする可能性が高く、移動し身を潜めているつもりだったのだ。
「あまりにも非礼、我ら北条を軽く見過ぎではないか」
かなり苛々とした遠山の声。
「いや、我が殿も心配なさっておいでなのだ。無事不忠ものを成敗できたのは僥倖。ただ、今後どうお動きになるのかと」
「動くも何も、主だった者たちへの詮議が終わらぬうちは何もできませぬ。どこまでが謀反に関わっているのか調べぬ限りは、おちおちと兵を動かすこともままならず……ご理解いただけないでしょうか」
遠山はいったんそこで言葉を切る。
「わが軍の大将は、負傷されてはいるが左馬之助様に御座います。謀反だなどと、本国の殿がどれほど激怒なさるか」
北条家当主を怒らせると、伊勢殿に御味方できなくなるぞと脅され、湯浅は若干ひるんだようだった。
「もちろん御大将は御健在だということは存じ上げております」
不意に、低くどっしりとした声がそう言った。
間違いなく聞いたことがない声なのに、隣室との敷居を跨ごうとしていた勝千代の動きが止まった。
「ただ、かなりの深手を負われているとお聞きし、幕府御殿医殿をお連れしたのです」
すだれ越しに見えるのは、大柄な体格だけだ。
だがわかってしまった。
あれが庶子兄、亀千代殿だ。
勝千代はぐるりと身体の向きを変えた。
放っておけばいいのだ。勝手に福島姓を名乗っているだけの他人だ。
だが、血を分けた父の子だという事実は、勝千代にとっては簡単に切り捨てる事のできないものでもあった。
三浦をはじめ、庶子兄の事を知る多くから、「癇が強く我儘な乱暴者」だと聞いている。
勝千代が知るもう一人の兄、千代丸も大概だったが、似た気質なのだろうとイメージしていた。
だが、太い声で堂々と喋るその様子には、気位の高さなど伺えない。
若いうちから苦労して、角が取れたのだろうか。
「お怪我の具合はいかがでしょうか。よもや起き上がれぬほどなのかと殿は御心配なさっておいでです」
ああそれに、父に声が似ている。
もっとよくその姿を見ようとした勝千代の肩に、逢坂老の手が置かれた。
はっと我に返り、その皺顔を見上げて、情に流されてはならぬと唇を噛んだ。
……数日前の嵐の夜を思い出せ。
四人も死んだ。その原因かもしれない相手だ。
ぎゅっと目を閉じ、頷きを返す。
そして連中がすだれの中に踏み込むという無礼な真似に踏み切る前に、逢坂を残した他の者たちを隣室に、勝千代はあえて左馬之助殿の枕もとに座った。
「あまりに隠されると、よもや左馬之助殿は危篤、あるいはすでにお亡くなりになられているのではと、幕府の中で噂が広がっております」
「すまないな、遠山殿。そういうわけで、左馬之助殿のお加減を確認して参れと申し付かっておるのだ」
勝千代は目前にある左馬之助殿の肩をつかんだ。
「うっ、うー」
痛みに悲鳴を上げようとしたのだろうが、寸前で堪え、「唸れ」と言われたことを思い出したらしい。棒読みよりは若干マシな「唸り声」がこぼれる。
「お待ちを!」
遠山の悲鳴に近い声があがる。
勝千代は、動こうとした左馬之助殿の護衛たちを、片手をあげて止めた。
ざっとすだれがめくられる音。続いて、ずけずけと踏み込んでくる乱暴な足音。
「湯浅殿っ!」
絶叫は悲壮感に満ち、さすがにそんな声を上げられては足を止めるかと思いきや、「御免」といいおいて几帳がよけられた。
すだれを破いたり几帳を倒したりするような乱暴さはないが、ここまで踏み込む行為そのものが非礼で、無礼で、ありえない事だ。
勝千代は顔を伏せたまま、再びぎゅっと左馬之助殿の肩を握った。
「ううっ」
「痛みますか」
まあ、痛むように力を入れているのだが。
「目をお開けになってください。お客人が来られていますよ」
「う、あ……」
こちらを向いた左馬之助殿の目が薄めに開いたが、勝千代が軽く首を横に振ると、慌ててぎゅっと皺が出るほどに閉ざされる。
「先ほど薬湯を飲まれてお休みになったばかりです、今は起きるのはご無理なようです」
勝千代は顔を上げ、驚いた表情をしている大柄な男たちと視線を合わせた。




