バイト先へ向かう途中①
有紗は顔写真を机の引き出しから探した。顔写真は、6枚残っており、すべての写真の裏に「佐々木有紗」と自分の名前と生年月日
が書いてあった。就職活動の時、顔写真には、氏名、生年月日とエントリー番号を記載して糊付けすることを要求する企業が多かった
ので、事前に忘れないように名前と生年月日は全てに書いていたのだろう。過去の私、意外としっかりしているじゃん、と独り言。
有紗は、歩いて札幌駅まで行くことにした。有紗の家から札幌駅までは2駅もなく、歩いても15分くらいしかかからない。歩きな
がら、バイトで聞かれることのシュミレーションをしていた。おそらく聞かれることは、今までのバイトの経歴とその内容だろうか。
有紗は、イタリア料理のウエイターを2年していたこともあり、そのことはしっかりと履歴書に書いてある。
「このバイトの志望動機は、いままでの自分が経験してきたウェイターの経験を活かせると思ったからです。ウェイターのバイトでは、
店長からお客様の飲み物が少なくなっていることによく気がつくなど、きめ細かいサービスができるという評価を受けていました。ま
た、店長不在の時などは、店長代理として店を任されていました」
とか歩きながら考える。
あとは、待遇について玲子に地下鉄に乗りながらでも聞いておこう。玲子は、平日毎日出勤と言っていたけど、風邪やどうしても都
合が付かない時は、どうするのだろうか。また、この雪だと、自転車で円山まで行くのは厳しいから、地下鉄を使わなければならない
し、その交通費は、別途もらえるのだろうか。さすがに時給2500円という好待遇で、交通費も下さいは言いにくいし、バイト代に
含まれていますって言われたら気まずいしね。
結局、頭の中での面接シュミレーションと玲子から事前に聞いておくことをまとめているところで、札幌駅に到着した。
玲子は大学から歩いてくるから、待ち合わせに北口が便利だろうと思い、「北口のミスド前で待っているね」と玲子にメールをし、徹にも「新しいバイトの面接行ってくる。6時には終わると思うから、7時くらいから会える?」とメールしておいた。今日徹はバイトはなかったと思う。
徹からすぐにメールの返信があり、「すまぬ。今日は、敦史達と徹マンなり」と書いてあった。いつものことながら、場所は徹の家だろう。徹夜での麻雀が敢行された徹の家は悲惨な状況となる。カップラーメンの食べ残し、灰皿に代用した空き缶が散乱している状態で、前なんかデートの約束の時間になっても来ないし、電話にも出ないから迎えに行ったら、ゴミが散乱した中に、男4人が雑魚寝していた。さすがにその時はムカッときて、徹を叩き起こし、他の男どもを家から叩き出した。
「ちゃんと後片付けしてね。あと、換気も。がんばって。」とメールを返しておいた。内心では、昨日徹の洗面台においたままにしてある私の化粧品を、他の男友達に見つからないようにしまって欲しい。
「有紗、お待たせ」
と声がきこえたので、携帯電話から目線を上にあげると、玲子が目の前に立っていた。
そして「いきましょう」といって、地下鉄の方へ歩き出した。
改札口で玲子は切符を買わずにそのまま通ろうとしている。玲子は通学も地下鉄を使っているから地下鉄カードがあるのだろう。
「玲子、切符買ってくるから少しまってて」
そう言って、小走りで切符販売口にむかった。
円山駅までは200円、往復で400円。バイト代に交通費が含まれているとすると時給2300円。交通費代込みでも好条件であることには変わりはないけど、交通費別途支給がやっぱりいいなと思う。
玲子は、改札を通ったところで待っていた。すぐに電車は来て、中も空いていたので玲子と隣通しで座れた。
「玲子、バイト代に交通費って含まれるの?」
単刀直入に聞いてみた。
「私の場合は、含まれていないわ。有紗の場合は、交通費が別途もらえるんじゃないかしら。私がバイトの面接をしたときに、交通費
が必要か、登美子さんから聞かれたわ。私は通学用の定期があるから要らないですと答えたけれど」
「そっか、玲子は円山は通学途中だから交通費はかからないんだ。私の場合はどうなるんだろう」
「履歴書に住所とか書いてあるでしょ?登美子さんは、気が利く方だから交通費のことも聞いてくれると思うわよ」
「そうだといいなぁ。往復の400円も、積もり積もると結構痛いじゃん」
「ねえ、履歴書、見せてくれない?」
「いいよ」
私は、バックから履歴書を取り出して玲子に渡した。
「クリアファイルにちゃんと入れているの、偉いわね」
玲子は履歴書に目を通しながら言った。
「日商簿記検定2級、有紗取っていたのね」
「就活対策で、3年生の夏にね。玲子も?」
「私も2級は取ったわ。一応私のゼミ、会計系でしょ。他のゼミ生は1級取得していたり、公認会計士を目指したりとかで肩身は狭いけれどね」
「安達ゼミ、まじめな人多いもんね」
「ねぇ有紗、この顔写真、少し変だけど」
「え?、その写真、就活の残りのやつだよ」
「明らかに変よ」
「えっ?どこが?」
玲子は、ため息をついた。
「髪の毛の長さがおかしいわ。この写真、いつ撮ったの?」
「なんで?就活ヘアーなだけじゃん。写真は、就活の時に撮ったやつだから一年くらい前だけど」
「履歴書の顔写真は、3ヶ月以内に撮影したものを使うという前提から考えると、今の髪の長さからして、3ヶ月でそこまで伸びるというのはおかしいわね」
「撮影から3ヶ月ってルール、忘れてた。就活用に髪を短く切ってから、卒業式で袴を着たいから髪は伸ばしてるし」
隣から玲子の持っている履歴書をのぞき込む。確かにいまの髪の長さと比べると違和感はある。
「この履歴書を見ただけの有紗の第一印象は、極度の変態ってことになるわね」
「変態?なんでそうなるのよ?」
「髪の毛が伸びるのが早い人はエッチって、聞いたことない?」
「それは聞いたことがあるけど」
「この履歴書を見る人は、この顔写真は撮影から3ヶ月以内の物であると当然考えるわ。そして、目の前にいるあなたと見比べて、髪
が3ヶ月でそれだけ伸びたと考える。そして、こう思うの。ああ、この人は変態なんだって」
「ど、どうしよう。撮り直した方がいいかな。駅にスピード写真あるかな?」
「大丈夫。私もフォローするから。有紗は、性格の明るい気の利く子です。変態なのは私も保証しますって」
玲子は、満面の笑みを浮かべている。
「保証する部分が違うし。バイトの面接キャンセル!もう帰る」
「冗談よ。急にバイトの面接を受けることになったので、顔写真を準備する時間がありませんでした。顔写真は1年近く前の写真です
って説明すればいいじゃない」
玲子の言っていることに最もだと思い、私は落ち着きを取り戻した。
「それで大丈夫かな。顔写真にそこまで考えてなかったよ。失敗しちゃったな」
「まぁ、たいした問題じゃないわね。そろそろ着くわね」
玲子がそう言うのと同時に、電車のアナウンスが流れた。有紗は、最近の電車は、英語に加え、中国語でもアナウンスするんだなぁ
と思いながら電車を降りた。
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