黒猫亭①
有紗は2時限目の講義は取っていない。お昼まで時間があるので、6階の自習室でバイトを探すことにした。
居酒屋、コンビニ、喫茶店、パン屋、家庭教師といろいろ探すけど、これといったものはなかった。
どの道必要になると考えて、情報誌の裏にある履歴書を書き始めた。
就職活動で数10枚の履歴書を書いていたから手慣れていた。あとは、写真を貼れば完成っと。そんなことをしているうちに、玲子から電話が掛かってきた。
「玲子、いま六階にいるよ。1階の出口で待ち合わせね」
エレベーターで一階に降りると、教室からでる学生でいっぱいになっていた。出口付近で壁に寄りかかって、携帯を眺めている玲子を見つけた。
「お待たせ、学食にする?学食で帝大学食フェアをやっていなかったっけ?味噌カツ食べたいな」
「却下。肉が薄くて、味噌も少ししかかけてくれないから、いまいちだったわよ。黒猫亭に行かない?」
「お好み焼きもいいね」
玲子と私は、そのまま外にでた。雲もなく、陽が出ていたので、雪に反射する光がまぶしかった。道も、気温も上がって表面の氷が溶け始め、滑りやすくなっていた。
「バイト、良さそうなの見つかった?」
「見つからなかった。玲子のバイトどんなのか教えて」
「お昼、ごちそうさま」
「なんでそうなるのよ。情報料を取る気?玲子だって、バイトをやめる気なんでしょ。ちょうどよい後任が見つかってバイト辞めやすくなってちょうどよいじゃない」
「有紗は、けちね」
「けちなのはあなたよ」
私たちは正門を抜け、黒猫亭に着いた。お客さんは有紗達以外にはいなかった。
有紗は、玲子にカウンターでよいか聞き、玲子も頷いた。カウンターの向こうは大きな鉄板で、お好み焼きを作っているところを間近で見れるので、有紗はカウンター席が好きだった。
「私はミックスの普通盛り」
「私は豚玉にしようかな。有紗は大盛りじゃないの?」
「部活をしていた時は大盛りだったけどね。さすがに太っちゃうから」
ちょうど料理を運んでいたマスターの筧さんがカウンターに戻ってきたので声をかけた。
「筧さん、ミックスの普通盛りと豚玉お願いします」
「ミックスと豚玉ね。有紗ちゃん、大盛りじゃなくていいの?」
隣で玲子がクスッと笑った。
「もう!筧さんまで。部活を引退したから大盛りは食べません」
「ごめん、ごめん。でもお腹が空いたときには、遠慮せずに大盛りを食べにきてね。女の子で、大盛りを完食できる子は少ないからね」
「有紗、大食いキャラだったの?」
玲子がいたずらっぽい眼で、のぞき込んでいた。また、私をからかうネタが増えたことがうれしいのだろう。
「昔はね」
そうそっけなく答えて、有紗は鉄板に目線を移した。マスターは、目の前の鉄板に卵を二つ放り投げた。鉄板で割れた卵の殻を片手で持ち上げる。普通に鉄板に卵を投げているように見えるが、私にはできない。
有紗は徹といっしょにお好み焼きを作ったときに、マスターの真似をしたことがあった。
そのときは卵の殻がホットプレートに残り、それを箸で取り除くのが大変だったという苦い思い出がある。
しかも料理をまったくしない徹から、普通は卵はボールに割るものじゃない?、というまともな突っ込みを受けて、赤面したのを覚えている。どうして殻が鉄板に残らないんだろうといつも不思議に思う。
筧さんは手早く鉄板の上で卵と生地を混ぜ、へらで生地を円形に延ばしていた。
玲子は、手持ち無沙汰であったのか、メニューを眺めていた。
「有紗、すごく不思議に思うんだけど。ここに、プラス100円の大盛りって、普通盛りの二倍の量って書いてあるよね」
「ん?そうだよ」
有紗は鉄板からを見つめたまま答えた。もうすぐ片面が焼き上がるので、
筧さんが鮮やかにお好み焼きを返すのを見逃したくはなかった。
「豚玉の普通盛りは600円で、大盛りが700円。計算が合わない気がするけど」
「大盛りは、お腹を空かした学生の為のサービスなの。一応学生限定なんだよ」
「2人で1つの大盛りを頼めば、1人350円で普通盛りと同じ量が食べれるけど?」
「玲子の外道!大盛りは、筧さんの心意気なの。それを踏みにじろうとするなんて、資本主義に毒されたわね」
「計算上の話をしただけよ」
「大盛りを食べる学生の間で、大盛りを分けて食べてはいけないという暗黙の了解があるんだよね」
「うまくできているものなのね」
「有紗ちゃん、ありがとう。それをされちゃったらうちも苦しくなっちゃうからね。はい、有紗ちゃんのミックス。えっと、隣の子は?」
お好み焼きはすでに作り終わっており、白い皿に盛ってくれいた。
「私は、玲子と言います。有紗と同じ経済学部で同級生です」
玲子は突然自己紹介を始めた。早くお好み焼きを食べたい私に気をつかったのだろう。
「初めまして玲子さん。私は、黒猫亭のマスターの筧といいます。何度か食べに来てくれたことがあったよね。話すのは今日が初めてだと思うけど。はい、豚玉ね」
「ありがとうございます。お会計のやりとりを除けば、お話するのは、初めてです」
「筧さん、マヨネーズ頂戴」
「はい、マヨネーズ。こっちは、からしマヨネーズ」
「筧さん、ありがとう。マヨネーズは、たっぷりかけてこそだよね」
筧さんは、先ほど店に入ってきた学生2人の注文を取りにカウンターを離れた。
「有紗、さすがにそれはつけすぎじゃないかしら」
マヨネーズを大さじで3回つけたところで玲子が突っ込みを入れた。
「この方がおいしいの。ノーマヨ、ノーライフ。私の愛しいキューピーちゃん」
「まぁ、確かにたくさんつけた方がおいしいわよね」
「玲子も話がわかるじゃん。玲子もマヨネーズたっぷり派なんだね」
「マヨネーズたっぷり派?。私は、マヨネーズ愛好家よ。マイブームは、新鮮なトマトの輪切りにマヨネーズをかけること」
「マヨネーズ愛好家ってなに。相変わらず変なところにこだわるね」
玲子は唐突に冗談を言うことがあって、面白い。
「あら、本当よ。アマチュアの中のアマチュアっていう自負があるわ」
「変なプライドだね。私もマヨネーズ愛好家になろうかな」
「あら、じゃあ愛好家試験を受けてみる?」
「試験なんてあるの?マヨネーズ作ったりはしたことないよ」
「違うわ、簡単な口答試験よ」
「受けて立つ!」
「では、第1問。マヨネーズで有名なキユーピー株式会社のキユーピーのユは、大文字でしょうか、小文字でしょうか」
「小文字でしょ」
「はずれ、出直しなさい」
「えぇ?うそ」
「本当よ。調べてみれば」
有紗は慌てて、携帯で検索した。
「本当だ。大文字なんだね。知らなかった」
「残念な結果をお伝えしなきゃならないわ。有紗、愛好家試験は、不合格よ」
「そんなぁ。まだ一問目じゃん」
「不合格は不合格よ」
そういって、玲子はマヨネーズを大さじで5回つけた。
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