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待っている  作者: 池田瑛
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屋敷の主人②

「こんにちは。中へどうぞ」


 扉を開けてくれた老人が言った。目から優しさがにじみ出ている。


「し、失礼します」


 そう言って、私は部屋の中に入り、有沙も続いて中に入った。


 部屋の正面は、一面硝子張りで、窓から庭が見えるようになっていた。今の季節は、ただ雪が積もっているだけだが、夏はきっときれいな庭園なのだろう。雪の反射で書斎の中は思ったよりも明るい。窓側には、ローテーブルを挟んでソファーも2つ窓の脇に置いてあり、そこに座って庭を眺められるようになっていた。


 部屋に入って左側は、高さ150センチくらいの高さの本棚があり、本がぎっしりと並んでいた。本棚の上にはボトルシップが飾ってあるだけだった。お金持ちの家には、純金の熊が鮭を咥えている置物が置いてあるイメージけど、そんなものは迷信なようだ。


 仕事机は、入って右側にあり仕事机にノートパソコンとスタンドライトと数冊の本が置かれていた。


「有沙、コーヒーと紅茶は、向こうのテーブルに置いて。右側にコーヒー、左側に紅茶とポットを置いておいて」


 玲子が後ろからそう言った。私は、言われるがままローテーブルにお盆を置き、コーヒーと紅茶を置いた。


「ありがとうございます。さぁ、お掛けになってください」


 そう言って、この老人は、コーヒーがある側のソファーに座り、右手で私たちの着席を促した。


「失礼します」


 そう言って、私と玲子は紅茶が置いてある側に座った。コーヒーは、大木さんが飲むとして、この紅茶は誰が飲むのだろうか。そもそも紅茶のカップは1つしかないし。テーブルには、コーヒーカップが1つと紅茶カップが1つ、席に座っているのは3人と計算が合わない。私たちが飲む用の紅茶ではないのだろう。

 

「はじめまして。私は、大木茂と申します。加藤さんと、新しくこの仕事をしてくれる佐々木さんだね」


 私の心配をよそに、大木さんが自己紹介を始めた。穏やかでゆっくりとした口調だ。


「はい、佐々木有沙と申します。よろしくお願い致します」


 私は、ソファーに座りながら深々と頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願い致します。加藤さんも、長いことありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました。本当は、卒業まで続けたかったのですが、わがままをいって、もうしわけございません」


 そういって、玲子も軽く頭を下げた。


「いえいえ、卒業文集は大学生時代の集大成。卒業までの期間も少ないでしょうし、本腰を入れてお書きになりたい気持ちは充分過ぎるほど分かります」


 大木さんの視線が私の方に向く。


「佐々木さんも大学4年生ということは、この仕事をしていただけるのは、2、3ヶ月の間だけということですね」


「はい。卒業をしたら、東京で勤務することになりますので、辞めることになります」


 大木さんが私が大学四年生と知っているのは、私の履歴書を既に読んでいるからだろうか。登美子さんが、私達がお茶を準備している間に大木さんに履歴書を渡したのかも知れない。


「そうですか。わかりました。これはお願いになってしまいますが、この仕事をお辞めになられる前に、このお仕事をしてくださる方を紹介していただけるとありがたいです。仕事の求人を出すのも、この老体には、なかなか大変なものなのですよ」


 既に後任の話をしている。私を採用することはありがたい話、既定路線ということでよいのだろうか。辞めるときに後任を探すようにお願いされてしまったけれど、部活の後輩もたくさんいるし、これだけ時給のいいバイトだったら探すのに苦労しないだろう。問題はないだろうと思った。


「佐々木さんの後任は、私が責任を持ってご紹介致します。卒業文集の作成が終われば、このお仕事をしたいという後輩もおりますし」


 玲子が私が答える前に答えた。責任感の強い玲子はもともと私の後任を玲子自身で探すつもりでいたのだろう。そうでなかっったら私に事前に説明をしていてくれているはずだ。


「そうですか。玲子さん、お手数をおかけしますがよろしくお願いしますね。そういえば、佐々木さんは、ラクロスというスポーツ部に所属しているそうですね。ラクロスというスポーツを恥ずかしながら知りませんでした」


 ラクロス部ということは、履歴書に書いていない。登美子さんが大木さんに私のことをある程度説明したのかもしれない。


「日本でラクロスチームができてからまだ20年程度ですし、野球やサッカーのようにメジャーという訳ではないです」


「ご存じなかったのをご容赦いただきたい。往往にして、年寄りは時代の流れから取り残されるものですからね。おっと、申し訳ない。呼び止めて申し訳なかったね。年寄りの世間話に付き合わせてた」


 大木さんからの話はこれでおしまいなのであろう。有沙がそれでは失礼しますといって、席をたった。私も席を立ち出口に向かう。


 書斎の扉は、少しだけ空いていた。大木さんが、扉を完全には閉めなかったのだろう。私は、北海道で一人暮らしを始めるときに母に教えてもらったことを思い出した。男性と部屋で2人っきりになるときは、扉は閉めないようにしておきなさいって。また、扉を閉めようとする男は、マナーがないと思って気をつけるようにと。母からそのような訓示を受けたときは、そんな男はいないだろうと思っていたけど、本当にドアを閉めないようにすることを当然のマナーとしている男性がいるんだと正直驚いた。今日は、玲子もいるから2人ということではないけど、大木さんは今までもずっとそうしてきたのだろう。


「失礼します」

 

 そう言って、私と玲子は大木さんの部屋から出た。時計は、午後4時30分を少し過ぎたところ。もうコーヒーと紅茶を出した。6時までの残りの90分は何をするのだろうか。


最後まで読んでくださったありがとうございます。

今回、初めて予約掲載を試みてみました。

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