屋敷の主人①
玲子の後について行く。イタリアンのウェェイトレスのように、優雅にお盆の底に左手を載せて、歩くことなどできない。両手でお盆を支えて歩く。無様ね、と玲子から言われるだろう。お盆を持ちながらのカニ歩きみたいになっているのも認めよう。ただ、カップを落としたら、私の卒業旅行は遠のいてしまう。
玄関から見て右側に屋敷の主の部屋のようだ。徹と付き合う前、飲み会のあと2人で飲み直しに行ったバーの扉とイメージが重なる。興味本位で入ってみようかという気を起こさせない、どこかお客を拒絶したような扉。
「有沙、ここよ。ノックできる?」
玲子を一瞥をくれる。私の手助けをする気はまったくないようだ。
「次から有沙1人でやらなきゃいけないでしょ、その練習よ」
玲子は私が言わんとしていることを理解したようだ。
ゆっくりと、ゆっくりとお盆を左手に載せる。そして、扉をノックする。
コン、コン。
想像していた音色とは違い意外と軽やかな音だ。バーの扉のように分厚く固い木で作られてはいないようだ。
右手でドアノブを掴もうと手を伸ばしたら、ドアノブに手が届く前に扉がすーっと開いた。
半円の軌道を描きながら遠ざかっていく金色のドアノブをただ見つめる。思考が1秒くらい停止した。
はっと顔を上げると、髭を蓄えた老人が立っていた。どうやらこの老人が扉を開けてくれたのだろう。そして、この老人が屋敷の主人、大木茂なのだろう。
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