双子から四つ子に
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「しかし、4人乗りになったらもう双子座じゃないですよね」
「何を言ってるんだ?
ギリシャ神話を知らんのか?
大神ゼウスが白鳥に化けてスパルタ王妃レダに子を産ませたのだが、
それは2つの卵から生まれて来て、
1つ目の卵からは男子のカストルと女子のクリュタイムネストラが生まれ、
2つ目の卵からは男子のポルディウスと女子のヘレネが生まれたから、
双子座のあの兄弟は、実は四つ子だからな」
「じゃあ、正しい数に戻るんですか」
「それとこれとは別な話だな」
ジェミニ改ver.2開発前の、B社内での雑談である。
改修案は2つ出た。
1つは円錐形の居住モジュールの一方に、目視用の窓兼緊急脱出用のハッチがあり、その下に操縦席があるのだが、これを対称の位置にもう一座席置こうというものである。
重量バランスはピッタリなのだが、改造量が多過ぎるし、フリースペースが小さくなり、ドッキングして宇宙ステーションに入るハッチへの道が狭くなる。
2つ目の、貨物モジュールに座席を増設する単純改装、これしか無かった。
この方式は、増設席の人間は非常時に脱出出来ない(操縦席の飛行士は、撃墜された戦闘機のように座席ごと放出される)欠点を持つ。
しかし、それさえ目を瞑れば、「2人乗り+貨物」「3人乗り+半貨物」「4人乗り」とフレキシブルに使える為、
「運輸委員会が何て言うかなあ?」
とボヤきながらも、この方針で行く事にした。
予想通り、運輸委員会は予備座席についても緊急脱出をどうにかするよう指摘して来た為、サイドにも脱出扉が設けられた。
機体強度、酸素供給・二酸化炭素吸着、排熱処理を見直す。
「2人から3人にって、素人は簡単に言うけどな、ギリギリの設計でやってるから難しいんだよな」
アメリカ人も愚痴る。
機械船担当も難儀をする。
使い切りの一次電池を、太陽電池からの充電も可能な二次電池に取替え、ISS軌道まで上昇可能な推進剤とアポジエンジンを搭載する。
多く積む上に使用量が増える為、宇宙船としての行動可能日数は現在の28日から20日にまで低下する。
「単体で宇宙滞在するのではなく、宇宙ステーションドッキングが前提ならこれで良いか」
設計人から小野に伝えられ、秋山経由で総理が聞く。
当初の2人乗り機で2〜3週間軌道上に居るって方が、人間の心理的にやはり無理が有ったかもしれない。
宇宙船としての限界を高めて、危機の時のサバイバビリティを高めるのはあったが、まあ20日でも然程問題は無かろう。
地味なところで、増設座席の設計が苦戦していた。
「ジェミニ改」のコクピットの座席は、戦闘機の座席と似ている。
危機時の射出機能も有るし、加速度に対する耐性、シートベルトは使用時は外れないように、緊急時はすぐに外せるように。
戦闘機も生産しているB社は既存品の応用でいけた。
だが、増設座席は少々違う。
使う時と使わない時がある為、設置と取り外しが出来るようにする。
コクピット用の座席より軽く、コンパクトにする。
それでいて、コクピットと同じ、使用時は外れない、緊急時はすぐに外せるシートベルトと、加速度に対応して簡単に外れない座席にする。
宇宙服という嵩張るものを着て、座席に収まらせるサイズにする。
非常時には脱出口までの経路がスムーズになっていないとならない。
「たかが座席、されど座席」
簡単に増設なんて言えないのだ。
この点、ロシアのソユーズは楽である。
円形の帰還モジュールに寝転がるようにして座る。
その隙間に荷物も積み込む。
消耗品は帰還モジュールの上に設置されている居住モジュールに積んで行ける。
2部屋有るから荷物やトイレ、宇宙に出てからの操縦は分けて設置出来て、帰還モジュールは打ち上げと帰還時だけの使用に専念した設計となる。
寝転がる型の底面はクッション状になっていて、着陸した時の衝撃を和らげるようだが、実際に乗った飛行士が言うには
「結構、凄い衝撃来るよ。
訓練してるから耐えられるけど」
との事。
あと、半球状の帰還モジュールのドーム部分に配置されているパネルを、シートベルトをしながら操作する時は棒を持って押すのだ。
「これで良いのだ!」
というロシア式の割り切りが、アメリカでは出来ない。
まして、顧客は細部に煩い日本人。
しっかり作り込まないと。
B社から日本にプロジェクトリーダーが飛ぶ。
小野も連れて行かれる。
要は追加予算出せ、という要求の為である。
改修して高くなった分だけでなく、ランニングコストに含まれる金額だけでも足りず、追加作業費が「君たちの想像以上にかかっている」事を説明する。
「うちのエンジニアは安くない!」
こういう主張をはっきりするのは、社会人として若造の小野から見ても素晴らしい。
まあ日本側は払うつもりだから、
「エンジニアの臨時作業費払え!」
「はい、払います」
で済む。
もう少し粘って、
「よし、エンジニアへのボーナス分も取れた」
とリーダーは笑顔で帰国出来た。
その一方、日本。
「あれ?
サウナスーツ作った時の残業代出てませんよ」
「あれは趣味でやってる扱いにされたよ」
「ええ~?
ちゃんと実験に組み込み、有意義な成果を得たじゃないですか!」
「追加で組み込んだのであり、当初の計画には入ってないから、事務的には予定に無い事を勝手にしたって解釈だ」
「納得いきません!」
「分かってる!
今掛け合ってる最中!
必ず払わせるから待ってて下さい!」
他国には甘いが、自国民には厳しい日本の官公庁であった……。




