表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
511/516

前総理の受難

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

人間、楽しい時は具合悪いのも忘れるものだ。

前総理も打ち上げから「こうのす」へのドッキングまでは実にハイテンションであった。

まるで自分が60歳を超えた、世間一般で言う「ジジイ」なのを忘れたかのように。

しかしドッキングが終わり、宇宙ステーションに入り、一通り内部を見学した後に宿舎である新型居住モジュール「アネックス」に入った後からそれは現れた。

宇宙酔いである。

本当は既に症状が出ていたのだが、余りにもハイテンションだったから気づいていなかった。

胃がムカムカし、吐き気を催している。

それはちゃんと宇宙用エチケット袋に戻していて、それ以外は頭が痛いのも、目がグルグル回るのも、全てテンションでねじ伏せていた。

それが一息ついた事で、一気に表面化する。


「大丈夫ですか?」

看護士である松本飛行士が介抱する。

いつもは饒舌で快活な政治家が、何も話さない。

それどころじゃない状態だ。

数時間前まで無駄にハイテンションだった分の反動も来ているのかもしれない。

まあ流石に、具合が悪いから態度も悪くなるような失態は晒していないが。

前総理の幸運は、診療看護士というちょっと医療行為も可能な資格持ちと共に飛行している事だろう。

しかも彼女は既に宇宙飛行を経験している。

軽症とはいえ、松本飛行士が以前に「こうのす」に来た時のクルーの宇宙酔いも見ている。

自身もやはり軽症とはいえ体験しているだけに、どこがどう辛いのかが分かる。

女性クルーだけの飛行を実現させたのが前総理だけに、知らず知らずのうちに自らの恩恵を受けていたのかもしれない。

ただ、その女性飛行士は

「気合で克服出来るもんですよ」

なんて言う、男性以上の豪傑だったのだが。


「微熱ではなく、発熱していますね。

 ただリンパ節の腫れも無いし、気管支や肺に異音も無い。

 鼓動、脈拍共に上昇。

 血圧も上がっていますね。

 顔のむくみ、いわゆるムーンフェイス状態。

 宇宙酔いです」

彼女だけではなく、地上のフライトサージオンとも意見交換しての診断結果を伝える。

前総理は黙って聞いている。

「どうします?

 座薬入れます?」

「…………」

「座薬入れましょうか?」

「……その必要無い」

「座薬入れた方がいいですよ」

「……勘弁して下さい」

半分以上前総理へのイジメというか冗談なのだが、具合悪さが最高潮の前総理は、冗談に気づく事も出来ないし、高齢男性特有の恥じらいで「どうにもならないならともかく、この程度で女性に尻の穴を晒す事が出来るか!」という意地が出て来ていた。

要はちょっと冷静ではない。


そんな総理に追い打ちをかける報告が入る。

「良くない報告と、悪い報告があります」

地上と通信していた船長が言って来た。

「……それはどちらも同じようなものではないかね?

 まあ良い。

 良くない方から聞きます」

「はい、アメリカ前大統領の打ち上げ場、場所は秘密ですが、そこが悪天候となったそうです」

「……という事は、打ち上げ延期か。

 まあ仕方が無いですね。

 それで悪い報告というのは何ですか?」

「打ち上げ延期に伴い、燃料系統の再チェックが入る為、打ち上げ日は最短で3日後になる為、前総理の日程の方を調整して欲しい、との事です」

「なんだって!

 それじゃあ僕は、この辛い日を3日以上延長するって事になるのか?」

「そうなりますね」

「僕が早く来る事は無かったじゃないか!

 予定を合わせて行動した方が、ロスは無かっただろ」

「私に言われても困ります。

 決めたのは地上スタッフと政府じゃないんですか?」

「…………一言も反論出来ません」

世界初の宇宙秘書である筒井飛行士と共に、頭痛に悩まされながらスケジュール調整をしなければならない前総理。

結構症状が重く出ている為、国会が始まった場合の不在手続きとか、この後に入れている日程をズラしたりキャンセルしたりする事を、地上に居る自身の秘書たちと調整するのは、結構な拷問であった。

(考え事なんかしたくない!)


そしてハイテンションな時期から出ていた症状、嘔吐、食欲減少は酷いものである。

水すら飲む気にならない。

胃が全てを拒否している感覚であった。

「はい先生、お薬飲まないと駄目ですよ」

松本飛行士が言う「先生」とは政治家に対する尊称である。

ここに教師も医師も居ない以上、それしか無いのだが。

先生と言われた人物は、その尊称に相応しくなくごねる。

「ちょっと何も口にする気になれない。

 まあ、持病持ちですが、一回くらい薬飲まなくても大丈夫でしょ?」

「次は脱水症状になりますよ。

 あと、打ち上げ後に食べた食事は戻していますし、その後は一食抜いてますから、もう本当に薬飲まないと危険ですね。

 それと、ここに居る以上は単なるお客さんじゃ済みませんよ。

 滞在1日程度なら良いですが、3日以上も長引くならトレーニングも必要になります。

 やらないと骨粗しょう症になりますよ。

 ご老人の骨粗しょう症は、歩けなくなる可能性もありますからね。

 トレーニングの為にも、食事をして栄養を摂り、お薬飲まないと駄目ですからね」

看護師が病人を諭すように言う。

「だが、ちょっと胃が受け付けなくてね」

「じゃあ、点滴か、座薬か、口でなくお尻からお薬入れるか、腸に直接届く投薬ですね!

 どれにしますか?

 座薬ですね!

 じゃあ座薬準備しますね!」

「……食べます。

 薬も飲みます」

「無理なさらないで下さいね。

 座薬ありますからね。

 あと、初の宇宙点滴ってのも良いですよ。

 折角ですから実験台になりませんか?」


結局前総理は、お粥と少々のスポーツドリンクを腹に入れ、持病の薬を服用した。

そして

(健康な人間でないと宇宙で活動出来ない。

 健康であっても体質によっては無理。

 よく分かった……)

と今更ながらに実感するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これもやっぱり【ざまぁ】っていうんだろか?w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ