科学実験モジュールの有効利用
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
農業は、アンモニアを人工的に生成するハーバー・ボッシュ法の開発以降大きく変わった。
農作物を育てるには、窒素・リン・カリウムという肥料の三要素が不可欠である。
この内の窒素を供給する化学肥料が大量生産可能となった。
それ以前の天然肥料に比べ、安価に大量に使用出来る。
農作物の収穫量は大幅に増大し、それに伴い人口も増加していったという。
宇宙ステーション「こうのす」の主力農業は水耕栽培である。
土壌農耕は実験色が強い。
将来、月や火星に着陸してそこに基地を設営して長期滞在する場合に、そこから砂を得て土壌にする事はあり得る為、やがてはそちらが主力になるかもしれない。
ただ現在はまだ月や火星基地を作れていないし、無重力かつ無菌という人工環境での土壌農耕には様々な問題が起こっていて、それを一つ一つクリアしている段階だ。
よって葉野菜中心ではあるが、安定して収穫可能、問題がほとんど発生していない水耕が「宇宙での自給自足」を担っている。
この水耕も、液肥と呼ばれる肥料を必要とする。
当たり前のようだが、真水では植物はまず成長しない。
水耕に使用する液肥も、土壌農耕用の硝酸アンモニウムを含む各種肥料も、現状は地上からの補給に頼っている。
日本独自の宇宙ステーション「こうのす」は、紆余曲折の果てに「如何に宇宙でも快適に生活出来るか」の実験に利用される事となった。
元々は「貿易黒字減らし」だったが、それは裏の事情。
表向きは基礎的な科学実験を追試するものであった。
国際宇宙ステーションISSでは今更行わないような実験を行うのだ。
「宇宙開発初心者用」
「科学への興味を青少年に持たせる」
「宇宙飛行士の裾野を広げる為に大学院生レベルでも行える実験を」
というもので、外交的に日本の友好国から飛行士を受け入れたりした際のデモンストレーションに使ったりもしていた。
こうした実験は、状況が変わった今は全てISSの方に集約されてしまう。
故に「科学実験モジュールは不要だろう」という意見が、主にNASAの方から出されていた。
しかし日本側は「それでも科学実験モジュールは活用したい」という意思がある。
JAXA、宇宙航空研究開発機構の「研究」を冠する意地とも言えるかもしれない。
ただの宇宙農場と宇宙ホテルだけにしたくはないのだ。
この辺、日本人の貧乏性が出ているかもしれない。
「ついで」で何でもかんでもやりたがる。
イオンエンジンの実験のついでで小惑星まで移動し、小惑星まで行ったのならついでにサンプルリターンを行う、なんて事をやってしまう。
アメリカ的な思考ならば「快適生活実験設備ってだけで十分」、その為に「宇宙で新鮮な野菜が手に入るのは良い事だ」と要不要で物を考える。
どうしても「科学実験、工学実験をやりたい」と主張しても「それはISSの方に集約するから必要ないだろう」となってしまう。
だが逆に言えば、必要と判断されればこれ程話の早い相手もいない。
そこで考え付いたのか、現場の要望であったのか、科学実験モジュールで「化学肥料の生産が出来ないか?」というものがテーマに上がった。
宇宙で地産地消、自給自足なんて言っても、水耕用の種と液肥は地上から運ばれて来る。
土壌農耕の方は実験ベースである為、そこで播種をして二世代目、三世代目と続ける為に、原種に近いものを使用している。
一方、単なる食糧生産工場である水耕モジュールでは、次世代にその性質が受け継がれない代わりに、無重力環境にも適応し、生産量が多く速成で病気になりにくい「F1種」というものが使われている。
葉野菜、枝野菜は上手く手入れをすれば、長期に渡ってその部分だけをちぎって食べられるから、まあそれでも良いだろう。
種子の状態でなら何年分も貯蔵が出来るし。
一方、液肥の方は使ってしまえば終わりだ。
だったら「宇宙ステーション内で再生産出来た方が、より無補給長期滞在の為に役立つのではないか?」という考えだ。
「ハーバー・ボッシュ法は大規模な工場設備が必要ではないか?
それに宇宙ステーション内の空気の窒素量など、たかが知れている」
という疑問が当然アメリカ側から呈されたが、
「既に収穫され、廃棄するだけになっている野菜の残り、枯葉、茎なんかを上手く再利用する。
現在も土壌用に再利用はされているが、液肥にも出来れば良いだろう」
と日本側は回答する。
時間をかけて堆肥のようにして肥料を作るより、化学的な処理をした方が手っ取り早い。
現在は無菌室である宇宙ステーションの一角に、対生物汚染対策をした設備を接続し、そこで菌を使った分解処理をしている。
これも完全無菌室のISSでは出来ない実験の1つであり、「こうのす」ならでは個性であった。
それはそれで残すにしても、効率が良い方法で肥料を作るのは理にかなっている。
更に「こうのす」には大規模な水処理設備がある。
ここで屎尿・廃水の中から水は再処理されて再び活用されるが、固形物は廃棄されていた。
大気圏に「汚物は焼却だぁ!」とさせてばかりいないで、この窒素を生成出来るものを再利用出来たら、より自給自足に近づいていく。
この化学肥料生産に、科学実験モジュールを利用する。
今更専門のモジュールを打ち上げず、今あるものを使う。
完全な自給自足にはまだ至らない。
実験ラックでも生産など、産業ベースには程遠い。
だが何事もまず、初めの一歩を踏み出さねば。
こうして「こうのす」は科学実験モジュールを切り離して別モジュールに組み換える事なく、液肥生産の研究施設として残される事となった。
「そういう利用を主とし、『ついでに』残ったスペースで他の事もしますね」
それがメインでは無かっただろうか?
ともあれ、日本は相変わらず「ついで」で色々やりたい貧乏性であった。




