公表前に共犯者作り
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
前総理の訓練はそれなりに順調だ。
どれが一番効率の良い宇宙での在り方か、それを理解してからは、前総理という立場ながらも専門家の指示に従って素直である。
意外というか、当たり前というか、危機訓練には強い。
何か有った時に肝が座っている。
(むしろヤバいと思った時はパッと動いた方が良いのでは?)
とも秋山は思ったりするくらいだ。
緊急警報を鳴らされても動じずに一歩踏みとどまるのは、良い事か、悪い事か。
ケースバイケースだろう。
宇宙船内では良い方に働いている。
まあ「パニックになって勝手な行動をすれば、自分だけでなく周囲をも危険に晒す」と注意しただけに、それを守っているのだろう。
本当に「お客様」もしくは「荷物」に徹している。
シミュレーションで危機的状況を知らせた時に、船長や随員の指示に従い、その上で最適な行動を取る。
(船長や随員が的確な指示を出しさえすれば、この人は助かるな)
と秋山はほっとした。
最近はちょっと興味を持つ程度で「操縦させろ」「ロボットアームの動かし方を教えろ」と言ってくるだけの大人さだったので、秋山はすっかり油断してしまった。
この計画は日米同時に動いている為、調整での忙しさもあったのも事実だ。
この前総理、かなりの曲者なのである。
秋山は上長に呼ばれ、そこでまた苦虫を嚙み潰したような表情を見る。
「与野党の超党派の議員が、国会の閉会期である今、体験訓練をしたいと言って来た」
秋山も眩暈を覚える。
このクソ忙しい時期に?
何故?
「これ、前総理の件と関係しているのでしょうか?」
秋山の質問に上長は
「知らん」
と一言。
実際、どうしてこんな事を言って来たのか、把握出来ていなかった。
前総理のとは違う部分もあり、報道陣も引き連れて来るようだ。
「国民の税金を使っている議員だけに、活動は公開しなければならない」
という理屈である。
断ろうにも
「我々には監査する権利がある」
と言って来る為、逆らうのも得策ではない。
変に抵抗すると、肝心の研究への予算に嫌がらせをされかねない。
上長は目頭をもみもみしながら。
「前総理が既に訓練をしていると知れたら面倒臭い事になるかもしれん。
秋山君、君から前総理にこの辺どうするのか聞いておいてくれないか?」
と言い、次いで声を潜めて
「この件に、あの人が絡んでいないかも、それとなく探りを入れて欲しい」
とも囁いた。
(もしも関係したとすれば、我々なんかに尻尾を掴ませないだろうが)
秋山はそう思ったのだが、訓練に来た前総理はあっけらかんと白状する。
「うん、あれは私の策略だよ」
お客様として宇宙船に乗るというのは、実はそれ程厳しい訓練は必要ない。
墜落の危険がある旅客機への搭乗で、訓練なんか全く必要は無いのと同じである。
ただ、旅客機に比べて宇宙船の危険度は各段に上な為、いざという時の訓練をしておかないと、怖くて乗せられないという事情はある。
だからこそ緊急脱出訓練や遭難時の対処法については訓練を行う。
この辺は旅客機に乗るというより、軍用機に乗せて貰うが、その際にしてはいけない、触ってはならない事や、機内での姿勢についてレクチャーされるようなものかもしれない。
他に、無重力環境での体の動かし方、そこで具合が悪くなった場合の対処方法を学ぶ。
あとは宇宙に行けるのはごく少数な為、そこでチームワークを破壊するようなモンスターは避けられる。
これを見極める為に、閉鎖環境訓練や危機対処訓練、遭難と想定してのサバイバル訓練が行われているのだが、正直「行くと決まっている人」にこれはほとんど無意味だ。
たった数日しか滞在しないのだし、最悪「多少の我がままな奴なら、我慢してやり過ごせ」が通用する。
たったの数日でも危険をもたらすような人なら、流石にお断りとなる。
だがそこまでの人格破綻者は政治家ならまずいない……と信じたい……というか、居てもごく僅かだと思うし、該当するような人は落選しているような……。
こうした「お客様用の訓練メニュー」をスタッフで相談し、NASAとも意見交換をし、更に警視庁警備部の承認も得て策定した。
「それを体験してみないか、って内々に、口の軽い人に漏らしておいたんだよ」
「!
なんて事を!
あの訓練メニューはまだ確定版ではないんですよ。
というより、部内の機密を勝手に漏らさないで下さい」
「いずれ公表する事になるよ。
私が宇宙に行く事は、近々公表する。
その時に、絶対に『権力を使って、ろくに訓練を受けてもいないのに宇宙に行った』だの『選ばれたエリートしかなれない宇宙飛行士への冒涜だ』だのと言われるだろう事は予想出来る。
だからその前に、この訓練だけを公開しておけば良いだろう。
そして一言多い連中だから、意見を言ってくるだろう。
それも反映させてやれば良いだろうね」
そして含み笑いをする。
「自分たちが関わって、自分たちが決めさせた訓練には、文句は言えないからね。
当然、その訓練を修了した私が宇宙に行く事にも文句は言えなくなる。
むしろ、これをクリア出来たのなら行く資格があると、かえってフォローする側になるだろう。
政治家もマスコミも、使い方次第だよ」
そう言って笑うと、また訓練に戻っていく前総理。
(いや、自分で決めた事に、自分で反対票を入れる議員も存在してるよな)
という思いもあったが、それ以上に他の不安が頭をよぎっていた。
「絶対、前総理が宇宙に行く事に賛成する一方で、
『次は私を宇宙に行かせろ、その訓練メニューには我々も関わったのだ』
って言ってくるぞ。
面倒事は連鎖するのではないだろうか……」




