お偉いさんたちの訓練が始まる
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
秋山は上長に呼ばれた。
上長はこめかみの辺りをもみもみしている。
頭が痛い話に違いはない。
「上の立場になると、行政とか政治とかその辺と関わりを持つ。
君もその立場になって、それは分かるだろう?」
上長が、どこかの司令官のように机の上に肘立てし、口元の辺りに組んだ指を持って来ながら語る。
(政治家の方からの話か)
頷きながら、秋山は事情を察した。
「前総理を宇宙に送る件だが、絶対に訓練修了させるように。
『しゅうりょう』はENDの方じゃない、Finishの方だぞ」
「……どんなにダメダメでも、合格させろ、と?」
「そういう事だ」
「出来かねます。
最低限の事も出来ない人を宇宙に上げると、いざという時に不安が残ります。
それは個人の問題ではありません。
ボトルネックが1人いる事で、チーム全体に危険が及ぶからです」
「それは分かっている。
健康状態でどうしてもダメ、飛行に危険を及ぼすような行動を取るとかはともかく、そうでないならば確実に訓練課程を修了させ、乗客としては宇宙に行っても大丈夫なレベルにして欲しいと言っている」
「修了出来るかは、その人に由ります。
出来ない人は出来ないのです」
「それは現在の訓練が宇宙飛行士を前提とするものだからだろう。
お客さんならば、それ程難しくはならない」
「それでも、以前にテレビ局のスタッフを選抜した程度の訓練は必要になりますよ。
適性が無いと判断すれば落選させる」
「落選はまずあり得ないものとして欲しい」
「承服し兼ねます」
上長はここで一回息を整えた。
秋山にも水を飲むように促す。
そして例え話を始めた。
「自動車免許は君も持っているよね?」
「ええ」
「あれはどうしても適性が無い、例えばハンドルを握ると危険人物と化すとか、そもそも視力が悪過ぎて標識も信号も見えないとかでなければ、受からせるよね」
「そうですね。
私は何回か延長させられた記憶がありますが」
「そうだ。
延長は良い。
それでも最後には、卒検を受けさせるものだ。
有効期限が1年だったが、その間には何度延長させようと、本人に意思がある限りは」
「はい。
まあ、途中で心が折れて退所する場合もあるみたいですが」
「そうだね。
前総理が止めると判断したなら、それは仕方が無い事だ。
そうでない限り、自動車学校と同じだ、厳しくしてでも修了を前提に訓練して欲しい」
「……やはり危険ではないでしょうか?」
上長の言わんとする事は理解したが、技術畑、運用の責任者としてはやはり承知と言い難い。
上長は更に続ける。
「宇宙に運ぶ荷物は、訓練とかをされないだろう?」
「当たり前です」
「前総理は、言わば荷物に過ぎない。
宇宙で何か任務が有るわけではない。
乗っているだけだ」
「しかし、人間は何をするか分かりませんよ」
「そうだ。
私とてその辺は分かっている。
荷物だって荷崩れして宇宙船を危険に晒さないよう固定する。
人間を荷物として扱うのならば、最低限荷物と同じであってくれないとね。
だから訓練は、何があっても荷物に徹するようにして貰いたい」
「では、何か有った時はどうするんですか?
荷物は捨てていけますが、人間を捨てて行ったら大問題ですよ。
まして、前総理を置き去りにするなんてしたら……」
「前総理の訓練は、パニックを起こさない、行動でクルーを危険に晒さない程度で良い。
その分、随員を徹底的に訓練して欲しい。
私はそう考えたのだがね」
上長の考えでは、秘書なりSPなりが随行するが、その者にいざとなったら身を呈して前総理を危機から救えるようにする、それが落としどころであった。
宇宙船に危機が発生した際、荷物である前総理を背負ってでも助け、2人とも生き延びられるようにする。
随員に2人分の命を委ねる。
これも前総理が行くと確定している以上、誰かは必ず合格せねばなるまい。
ただ、1人しかいない前総理に対し、随員は複数人の中から最適の者を選抜出来る。
「大丈夫でしょうかね?
現総理ならともかく、前総理に付けられるSPはちょっと頼り無いような気もするのですが……」
「秋山君、何かそれに根拠はあるのかね?」
「いや、なんとなくです。
根拠はないです」
「まあ、そうそう命の危険に晒される事は無いだろう。
あ、運用担当者にそれは禁句だったね。
いざという時の想定こそ最重要事項だったから。
それは訂正させて貰う。
その上で、現総理のSPではないから、とかそういう理由で色眼鏡で見ないように」
「はい、そこは私も訂正します」
「ここだけの話……。
別に本職のSPや秘書でなくても良いと考えている。
例えば、正規の宇宙飛行士を臨時に、警察庁のSPとか前総理の秘書とかに肩書を変えるとか」
「ああ、それは妙案ですね。
……あ、ちょっと問題ありです」
「何だい?」
「確かに前総理は、前アメリカ大統領と話す以外の仕事はありません。
荷物というのも理解出来ます。
しかし、多分秘書ですが、それには仕事がありますよ。
広報用の写真を撮ったり、支持者にアピールしたり。
宇宙の政治利用を大々的にはさせないとしても、そういうのは黙認というかでしょ?
で、一番画になる写真とか、アピールするものとかを考える能力は、専門職には……」
宇宙飛行士は政治家の広報ではない。
秘書でもない。
政治家が望むスケジュール管理も、身の回りの世話も、政治活動の補佐も出来ないのが普通だ。
「そうだね。
飛行士の方に、政治家の秘書としての訓練をさせる事もあり、かな?」
「彼等が納得すれば、ですけどね」
それでも、秘書やSPを2人分の命を背負った宇宙飛行士に仕立てるよりも、既にそういう訓練、いやもっと厳しい訓練を終えている飛行士を秘書なりに仕立てた方が手っ取り早そうだ。
秋山はそっちの路線で調整する事にしてみた。
上長は「自動車学校なら有効期限1年」と言った。
しかし、諸々の事情から打ち上げ時期は数ヶ月先であろう。
今から準備をしないと間に合わないし、長期の訓練の果てに「全員不合格」もさせて貰えないのならば、それなりの方法を考えるまでだ。
ここの所安定運用していた有人宇宙飛行部門だが、久々に無茶ぶりに応えねばならぬ日々が始まる。




