NASAとJAXAの頭痛
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「第七次長期隊は、後半隊が到着すれば任務開始ですね」
NASAのカウンターパートから秋山が話しかけられる。
「そうですね。
そして第六次隊が地球に帰還します。
ノートン料理長は頑張ってくれました。
急遽の交代でしたが、チームとも上手くやってくれたようです」
そう返事をしながら、秋山はモニター越しの相手がどうにも苦虫を嚙み潰したような表情なのが気になっていた。
「ノートン君の後任は日系米人だそうだね。
丁度良かったかもしれない」
「はあ?」
相変わらず何とも言えない表情をしているNASAの担当者。
そして心の中で何かを振り切ったようで、厳粛な表情になると重要な件を切り出す。
「第七次隊の任務中に、極めて重要な案件が追加された。
組織改編もあって大変だろうが、是非成功させてもらいたい」
「……まずは話を伺います。
おそらく従来の計画には入っていない事でしょう?」
「そうだ。
緊急で入って来た。
私たちも頭が痛いのだよ……」
(何があったんだ?)
タフなNASAのスタッフがこうも頭を抱えるなんて、余程の事だろう。
「前大統領が……宇宙に行く事が決定した。
決められてしまった。
もう覆せない」
「はあああああ????」
寝耳に水も良いところだ。
アメリカの政治家も、妙な新天地開発精神が目覚めたのか、宇宙に行ってみたいと言っているのは知っていた。
だがアメリカには多数の民間宇宙企業があり、低軌道のちょっと下まで飛行機の延長で行く事が出来る。
飛行機に吊り下げられた宇宙船で高空まで行き、そこから発射されてあと少しで周回軌道に乗れる高度までロケット推進で到達する。
その後は滑空して帰還するもので、垂直発射式のものに比べて訓練期間は少なく、観光客を乗せるに十分なものであった。
だから秋山たちは、きっとNASAの方がそちらに誘導してくれるものと信じていた。
実際、リスクとか訓練期間の短さから、時間の無い政治家たちもそちらを選ぶものと思われた。
秋山たちにとっては、むしろ自国の政治家の方が悩みの種だったのだ。
現在まで「ジェミニ改」を使った有人飛行計画は、一回も失敗していない。
アメリカの全面的なバックアップと、そのアメリカの言った「1万回トライして1万回成功するよう、テストは100万回しろ」というものを律儀に守る日本人の特性が相まっての事だ。
その結果だけを見て
「我が国の有人宇宙飛行は相当に安全だ。
ならば我々も行って大丈夫だろう」
と無責任に言ってくる。
日本の政治家、いや日本人自体科学知識が豊富な割に、科学的に物を考えなかったりするから、成功が続けばその背後にある苦労を一切見ずに「安全神話」としてしまう傾向がある。
そして、一回失敗すると一転して「不安が残る、危険なもの」として、今後どんなに成功を積み重ねても信用しないとか、極端から極端に走る傾向もある。
だから、宇宙に行く事の危険性を説くのと同時に、信用を損ねないよう絶対に失敗しない努力を説明するが、相反する内容な為に
「結局どうなんだ?
大丈夫なんだろ?」
となりがちだ。
(失敗、死と隣り合わせの危険な分野で、全身全霊を挙げて人の命を守っているのだから、あんたらみたいな素人という不確定要素に付き合ってられないんだ!)
というのが本音なのだが、「こうのす」は出来るだけ宇宙で快適に生活するのが運用目的で、それには「訓練した宇宙飛行士ではなく、より一般人に近い人も滞在出来る」という事も含まれている為、全面的に却下も出来ないのが難しいところだ。
似たジレンマはNASAでも抱えていた。
宇宙に行くのは危険が伴う。
しかし、危険ばかりを言い立てると
「だったら有人飛行は必要ないのではないか?
日本なんかは無人機で相当な事をしているぞ」
と予算承認されない方にも繋がりかねない。
アメリカの場合は
「危険の中に飛び込み、そこで成功する!」
という挑戦心と、失敗したなら退く事なく、必ず克服してみせるという不屈の精神みたいなのがあるから、日本よりも有人宇宙飛行には寛大な部分がある。
だが……
「アメリカ人らしさを前面に押し出していた前大統領閣下だ。
現在立場的には自由に動けるようになった。
だから合衆国の政治家として挑戦したいと言っておられてねえ……」
NASAの方も想定外だったようだ。
確かに「軌道上のエアフォース1」とも言うべきモジュールを作ってはいたが、それは採算や実現性度外視の広告用という認識であった。
「我が国は、いずれ宇宙に大統領が行くだろう。
それくらい未来に目を向けているのだ!」
と国内外に宣伝する為だったのに、まさかこんなに早く使う日が来るとは……。
「これから短期間だが、最低限の訓練はして貰う。
仮にも元大統領だから、SPも同時に宇宙に行く」
「SPが居ても、爆発して死ぬ時は防げないでしょう」
「ミスターアキヤマ、滅多な事は言わないで欲しい。
我々も居たって無駄だと思わんでもないが……規則だからなあ……」
かくして第七次長期隊滞在中に、世界の大国の内の1国の元首脳が宇宙に行く事が決まった。
まだ「こうのす」の運用を単独で行っているJAXAでは、滞在スケジュールの調整をする必要に迫られた。
そして……前アメリカ大統領と個人的にも仲が良い、日本という大国の1つに数えられる国の元首脳も宇宙に行くべく動き出す……。




