駆け込み乗車は部外者だけではない
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
有人宇宙飛行部門は組織改編で、発展的解消される。
発展的解消とは聞こえが良いし、実際格上げではあるのだが、技術者たちは思った。
「これからは好き勝手出来ないではないか!」
だが、改編までにはまだ時間がある。
やりたい事は、見切り発車でももう始めてしまおう。
現在「こうのす」はコアモジュール2基を直列で繋げ、それらに直角に4基ずつ、計8基の実験モジュールが接続されている。
最初からこういう設計であり、その後実験モジュールの大型化、短期滞在を含めた人員の増加から、空気循環機能と水処理機能の強化改造が行われた。
これが設計上のフルスペックと言える。
これ以上大きくなると、電力供給、酸素供給と二酸化炭素除去、軌道を押し上げる為の再点火時の重心バランスが大きく崩れる事が予測される。
だから、新しいモジュールを接続するには、現在のモジュールのどれかを捨てなければならない。
現在接続されているのは
・厨房モジュール「ビストロ・エール」(フランス開発)
・土壌農耕モジュール「でんえん」
・水処理モジュール(兼湿地研究モジュール)「くいな」
・多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」
・水耕モジュール「かるがも」
・物理化学工学実験モジュール「おうる」
・地球太陽深宇宙観測モジュール「ホルス」(アメリカ開発)
・豪華居住モジュール「アネックス」(アメリカ開発)
であった。
この内、厨房・土壌農耕・水処理・多目的ドッキング・水耕の5着は宇宙ステーションの運用上不可欠なモジュールだから、外すわけにはいかない。
観測と居住の2モジュールはアメリカが使用権を持っていて、日本で勝手に決められない。
となると残るは科学実験モジュール。
これを廃棄するとしても、この1ポートで様々な事をするのは不足がある。
そこで以前から、
「出来るだけ重量バランスを崩さない、電源や空気循環でも自力で何とかする、ポート増設装置」
を考えていた。
これは、コア1とコア2の間に挿入する、2口のドッキングポートを持つ、リング状の増設装置である。
ドッキングポートと直角に、新しい太陽電池パネルを備え、電力が足りなくならないようにする。
この増設を、早く実現しなければ!
スタッフは今までに無い程の熱意と速度と勤勉さで、計画書を纏め上げる。
JAXAは、時期により恐ろしく多忙になる。
例えば小惑星探査機「はやぶさ」が通信途絶をした時、微量な通信が回復した後に復旧させる時、イオンエンジンが4基とも故障した時など、徹夜・管制室泊まり込みと帰る暇も惜しんで働いた。
メーカーから栄養ドリンクが差し入れされるようにもなった。
今回、どこも異常を起こしてはいない。
喫緊の課題がある訳でもない。
にも関わらず、関係者たちは設計や発注仕様書作成だけではなく、いつのロケットで打ち上げる、飛行士による増設作業計画書、増設したポートに接続するモジュール案、総理への説得用の文章作成といった雑事や後でやれば良いものまで、この際に纏めて提出した。
「そんなに気合い入れなくても、増設ポートは計画通ると思うよ。
アメリカも賛成すると思うし」
秋山は、目の下にくまを作ってまで提出された資料を見ながら、気合い入りまくりの部下を労う。
仕事に熱心なのは良い事だが、長丁場の仕事では、気合い入れっぱなしというのは良くない。
全力疾走で長距離は走り切れないのだから。
だが部下たちは、ここが正念場だと思っている。
「秋山さん、これは第一歩なんです。
新規のモジュールを2基増設可能、組織改編以前にそれが前提となっていないと、我々の計画が頓挫してしまいます」
「君たちの計画?」
「そうです!
天空の湯計画!
温室モジュール計画!
もしくは宇宙の養鶏場!
これを組織改編前に、引き返せない段階まで進めておかないと!」
部下たちの勢いに、秋山は思わずため息を吐く。
「君たちねえ……」
日本は湯舟に漬かる事に、異常なくらい執着している。
それは必要無い熱意だ、アメリカはそう警告していた。
それなのに……。
「アメリカは、これからやりますと言えば、そんな事する必要無いと言うでしょう。
しかし、出来ましたと言えば、そうか、で済みますよ」
確信犯的に物事を遂行するつもりのようだ。
「アメリカはどこかの銀河帝国皇帝ですか?」
「とにかく、計画を進める為にも、これは計画を前倒しして実現させましょう!」
秋山は思い当たる所があり、計画書、設計の変更箇所をよく見てみる。
通常のドッキングポートよりも造りが頑丈である。
これはもしかして?
「君たち、天空の湯とか言う、浴場モジュールについて本気なんだね?」
「もちろん!」
「宇宙ステーションからアームを伸ばして、外周を回して遠心力を得る計画は、アメリカの反対で実現しないと踏んだね?」
「そうです!
だから、せめてモジュール自身を回転させて遠心力による重力を得ようと考えています。
そのトルクを受けても壊れない、軸受けにしました」
それがドッキングポートの構造強化箇所であった。
何と言う熱意。
ここまで気合い入れた部下の計画案を、無碍に断る程冷徹になれない秋山であった。
浴場モジュールが実現するかはともかく、この拡張リングについては計画前倒しでも良かろう。
秋山は頷いて、「承認」の署名をした。




