組織改編(アメリカ)
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
『……というわけで、組織改編がされます』
秋山からの報告を受けた小野の思いは
(それで、俺は日本に戻れるのだろうか?)
であった。
彼は大学院を修了後にJAXAに入った。
丁度有人宇宙飛行部門立ち上げ時で、多くの人員を募集していたのもあり、多数の同期が居た。
しかし今も残っているのは少ない。
海外支社持ちのブラック企業のように
「海外に送ったらそれっきり」
に近い事をされ、3年以上アメリカで過ごしている。
この間、海外生活だけならともかく「いきなり海外業務」で、しかも上司のサポートがほとんどない状態に病んで、辞めていった者も多い。
「3年とか、10年以内はブラックなんて言えないだろ」
とシン・ブラック企業の海外派遣社員は言うかもしれない。
特に発展途上国でもなし、治安は日本程ではないにしても、アメリカ側が気を使って守ってくれている、給料はかなり良く手当もきっちり出る、確かに恵まれていると言える。
問題なのは、仕事の質・量であった。
「芸能人のアテンドまで俺の仕事じゃないだろ!
ノーオーチャンネルとか言って、動画で暴露話投稿してやろうか!」
とか思いつつ、絶対に行動に移せない小野である。
コミュ障気味の彼にしたら、技術系ではない仕事はするだけで苦痛なのだ。
「甘い事言うな!」
となりそうだが、予算はそれなりに確保しつつもやはり人的資源には限度があるJAXA、いや有人宇宙飛行部門では、有能な人間を徹底的に使い回す傾向にあるのだ。
「まあ、諸事情があったから日本に戻せなかっただけなので、組織改編後が帰国させる予定です」
秋山のその言に、小野も表情を緩める。
しかし、
「帰国後は技術職、研究職に就けるんですよね?」
と問うと秋山は
「…………」
と答えない。
「ちょっと、秋山さん、こっち向いて下さいよ。
何を目を逸らしているんですか?」
「小野君」
「何でしょう?」
「意に沿わぬ仕事でも、やるのが大人ってものだよ」
「ちょっと!!
秋山さん!!
そりゃ無いですよ」
「……凄く残念なお知らせをして良いですか?」
「聞きますよ」
「組織改編のキモは、アメリカの今後の宇宙計画と連携する事にあります。
だから研究・開発をするなら、アメリカと共同研究・共同開発になります。
つまり、そっちに専念するならアメリカに残る事になります」
「な……、う……、まあ、理解出来ました。
そう……なるのはやむを得ないでしょうね」
「ただ、上層部とも話しましたが、入所してからずっと君をアメリカに放置していたのは我々としても悪いと思っているので、君は日本に戻す事がほぼ決定しています。
まず覆らないと思います、君が望まない限りは」
「自分がアメリカに残りたいって言えば、残るって事になるんですね?」
「唯一、その申し出だけです。
九分九厘、帰国は決まっています」
「…………。
帰国したなら、自分はどうなるんでしょうか?」
「2つ道を考えています。
どちらにするかは、小野君に決めて貰います。
まだ内部検討の段階ですが、1つ目はジェミニ改の開発に関わった知識を用いて、ジェミニ改の改良に関しての取り纏め役となります。
開発元のB社とのやり取りや、開発部門の教育、仕様書の作成といったシステムエンジニア的な事をして貰います」
B社は、現在自前の有人宇宙船の正式採用に向けて多忙であった。
ジェミニ改は、4人乗りの拡張型も含めて「完成」と見ている為、もうあまり面倒は見ないつもりである。
既に「ライセンス生産契約に切り替えるから、発注分の納品が全て終わった後は、部品を含めて日本で何とかしてね、ライセンス料はきっちり払ってね」というスタンスになっていた。
ライセンスを買って、生産するのは某重工である。
JAXAは直接開発はしない。
その企業が作る際に、発注仕様書を書かせる職に就くのだ。
ちなみに、コンピュータープログラムの開発において、システムエンジニアという役割には上中下がある。
下流のエンジニアは、仕様書を書けるだけのプログラマーに過ぎない。
中流のエンジニアで、プロジェクトの進捗管理や、プログラマーへの作業割り当てと仕様書の作成、全体の開発規約を作ったりする。
はっきり言って中間管理職。
上流のエンジニアは、プロジェクトそのものを立ち上げ、どう運用していくかも決める。
ぶっちゃけて、恨み混じりに言うならば、言い出しっぺで人をこき使い、美味しいとこだけ持っていく人、となる。
まあこのレベルにはこのレベルなりの仕事はあるし、書類やら全体管理やらしなければならないが。
小野に求めるのは、これで言うなら上流と中流の中間くらいである。
人に指示を出す人で、自分が作業するよりも、他人が作業しやすいように環境や資料を整える役割。
「2つ目の道は、ISS関係の部門、衛星開発の部門、極音速航空機部門、色々ありますがそこに転属するものです」
ここでは小野は、新参の技術者になってしまう。
一からの学び直しとなる。
アメリカでのキャリアは考慮されるも、年齢も若くまだまだペーペーのひよっこ扱いに変わる。
先の例えで言うなら、下流のシステムエンジニアでもない、その指示を受けるプログラマーから始める事になる。
それでも良いかもしれない。
本来はそういう事をしたかった筈だ。
小野はそう思いつつも、第三の道について聞いてみる。
「もしもアメリカに残るなら、どうなります?」
今までのように、事実上の最高位として、後輩たちを取り纏める事はしなくて良い。
それなりの人が管理職として赴任し、日本からやって来る多数の職員の雑務は全て引き受ける。
研究はNASAを始めとする、政府機関や企業との連携で行われ、この場合小野はアメリカでのキャリアを買われてリーダー的な役割を期待される。
(衛星開発とか極超音速航空機も興味はあるが、自分は有人宇宙飛行に関わりたくて入ったのだから、それは続けたいなあ。
そして、単なる一技術者になるのは、帰国しようが残留しようが叶いそうにない。
どちらかと言うと、残留した方が技術・研究の現場に近いように思えるな)
散々帰国を希望していたにも関わらず、結局アメリカ残留を志願する小野であった。




