水系モジュールの研究活用
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第六次長期隊で水系モジュールを担当するのは勝田飛行士である。
この人は、淡水水系の生物を専門とする学者だ。
水系モジュールには2つの役割がある。
最終的には同じ目的に合流するのだが、一つ目の役割は化学的・機械的な浄水と水循環を行う、宇宙ステーションの腎臓的なものであった。
水の量が限られる中で数ヶ月を生活する為、飲み水なんかは、ここで再処理された水を使っている。
もう一つの役割は、生物学的な浄水機能の研究である。
これは将来を見据えての研究で、NASAからは「やめた方が良い」とも「ISSの方に巻き取る」とも「有意義な研究だから、是非ともデータを貰いたい」とも言われない、迂遠なものであった。
将来的には、汚水をバクテリア、藻類、貝類で浄化し、それをカイアシ類や甲殻類が食べ、更には魚類が食べる事でバランスを維持しながら、ついでに酸素生産まで持って行きたい。
だが、精々長さ10メートル、直径4.3メートル程度のモジュールでは、そこまでの機能はまず不可能だ。
本気でやるなら、乗組員6人に対して東京ドームくらいの容積を用意しないとダメであろう。
だから現在は基礎研究中である。
これは、今は物置やスポーツ会場としてしか使用されていない軟式拡張モジュールも同様である。
この2つを組み合わせると、簡単に建造出来る巨大な空間内で、水や生物を使っての生活排水浄水や光合成で人間の生活に足る環境を作る事にも繋がるのだ。
「可能なら海水のような環境を用意したい」
それがこの分野の研究者及び、食糧取得を考える者たちの願いである。
日本人のエビ消費量は国民1人当たり年間3キログラムで世界第一位。
総消費量では年間30万トン強で、アメリカ(人口3億3千万人)と双璧である。
その食するエビはクルマエビ、ブラックタイガー、大正エビ、アマエビ、イセエビ等ほとんどが海水産だ。
アメリカだとホワイトシュリンプ(パナメイエビ)、ロブスター。
ここは他に、ザリガニも食べる。
逆に日本人はザリガニを食べないから、淡水で養殖する生物に日米で食い違いがあった。
もしも水系モジュールで養殖するのがアメリカザリガニで、それを食用にというのであれば、アメリカもきっと興味を示しただろう。
とりあえず今は、食物連鎖を利用した浄水環境維持に、カワエビ(テナガエビ)、スジエビ、ヌマエビを飼っている。
この内、食用に使うのはテナガエビとなる。
ヌマエビは、揚げ物にすれば食べられるようだが。
「まあ、食用に供給する以前に、まずはこの宇宙ビオトープの安定維持をします」
無重力かつ広くない環境、そして使用する水は汚水からの処理水という事で、機械の助けを必要とするものの、水草が生え、貝が水槽の苔を掃除し、植物プランクトンだけが増え過ぎないようミジンコが居る、それをエビが食べるというような「河川下流域から汽水域」「田んぼの周辺」を再現したビオトープが、勝田飛行士の研究材料であった。
田んぼもそうだし、河川下流域もしくは遠浅の海岸に在る干潟、水が満ちたり引いたりする事で換気がされ、酸欠にならずに上手い具合に水を浄化出来る。
「魚はまだ飼えないの?」
そういう質問に
「大きさが足りませんね」
と勝田飛行士は答える。
「魚は糞をするんですよ。
それが水質を悪化させます。
ギリギリでメダカやカダヤシは飼えますが、今の水槽のサイズなら居ても居なくても大体同じですね」
なお、水系モジュールの他に、厨房モジュールにも水槽は存在する。
それはもっぱら生け簀として使用されていた。
つまり、地球から持ち込んだ魚を食べるまでの間、とりあえず生かしておくだけのもの。
こちらの水槽には海水を入れる事もある。
継続的に維持する必要が無い為、海水でも問題が無いのだ。
これに入れられた魚には餌が与えられない。
残酷だが、どうせ食べるまでの間の命だ。
消化器に食い物を入れさせるのも、糞で水質を悪くさせるのも「無駄」な事であった。
大体、ロケットに乗せて打ち上げられる生きた魚は、環境が大きく変わったストレスからほとんど餌を食べないのだから。
(そして、水槽に移される前に死ぬ魚も出る)
そして、この生け簀は今次長期隊では使用されていない。
ノートン料理長が、魚料理をそれ程作らない為、活きの良い魚自体必要無かった。
過去には種子島漁協から買った魚とか、クルマエビを入れた水槽も今は空だ。
今は水も入っていない水槽ではあるが、過去には失敗もあった。
餌こそ与えないが、酸素は供給し続ける必要がある。
この空気供給ポンプから出された泡は、無重力故に上に行くとかしない。
大きな泡が水中に漂っていたのだが、それが魚の鰓に纏わりついてしまい、窒息させてしまった。
鰓は呼吸器官で、水中の酸素を吸収するようになっている。
鰓蓋があるのだが、ここに大きな泡を取り込んでしまい、そのまま排出出来なくなって、鰓が乾燥して水中の酸素を取り込めなくなったのだ。
生け簀は研究用では無かった為、全く気を使っていなかった。
この事件の後、業務用の生け簀用空気ポンプではなく、微細な泡ですぐに水に溶け込ませるものに取り換えられている。
「人間は無重力で水を変に飲むと、気管支から中々出ていかずに溺死の危険性がある。
魚は大きな空気泡を鰓付近に纏わりつかせてしまえば、窒息死の危険性がある。
無重力ってのは、改めて過酷な環境なんだなあ」
「生物ってのは、基本的に重力がある場所で生きるものなんですよね」
宇宙で水中の生物を飼うのは、中々に難しいと飛行士たちも地上スタッフも痛感していた。




