ヒーローは必要ない
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXAとNASAの定例会議が開かれる。
NASAは、派遣した自国の料理人、というより「料理人の役割を負った、限りなく一般人に近い宇宙飛行士」から、専門家目線ではない宇宙長期滞在の情報を得ている。
また、日本のバラエティー番組もチェックしていて、貪欲に宇宙での快適生活のデータを取ろうとしていた。
以下は余談である。
日米で空軍パイロットによる模擬空戦が行われる時の話である。
技量は日本の航空自衛隊パイロットの方が上の事が多い。
というかアメリカでは海軍のパイロットの方が、洋上では点にしか見えないような空母に、「着艦というより制御された墜落」をする為に技量が上なのだ。
その為、わざと技量が上の日本のパイロットと模擬空戦をさせて、鼻っ柱をへし折って、より訓練に熱心にするのが狙いでもある。
その日本のパイロットだが、不断の努力でもって技術を向上させる。
第二次世界大戦初頭の日本陸海軍航空隊もそうだが、猛練習でチートを作り出すのだ。
それに対しアメリカは、データを集めに集めて方法を見つけ出し、それをマニュアルに組み込む。
訓練過程に取り入れる事もあるが、基本的には武器の改良に使用し、それを使って「如何にチートな敵であっても、一般人が倒せるか」を考えるのだ。
敵であった時も、良い「新米の思い上がりを叩き直すアグレッサー」となった今も、日本を相手にすると様々なデータが得られるようだ。
話を宇宙開発に戻す。
アメリカは日本程細部にはこだわらない。
職人芸を要求しない。
一般的な範囲で、普通の飛行士が運用しながら、より快適な無重力密閉空間での生活を向上させたい。
日本も職人芸には頼っていないが、アメリカから見れば余りに尖り過ぎている。
風呂やトイレは、下手な地上のホテルよりも凝っている。
ラグジュアリーな新型居住モジュール開発に関わったアメリカ高級ホテル業界も、日本の拘りには驚いていたくらいだ。
厨房モジュールはフランスがイタリア及び日本とも意見調整しながら開発したが、ここもアメリカから見れば相当に拘っている。
フランスだってミシュランのシェフから意見を聞きながら厨房機器を開発し、デザイナーが配置を考えた為、アメリカからすれば実に勉強になる。
凄まじいくらい拘ったものを参考にし、自分たちが使いやすいように落とし込む、ただ落とし込むだけでなくAIや新技術の導入で遜色ない能力を作り出す。
その為のデータとして、拘る、職人肌、オタク気質のパートナー国は実に有用なのだ。
そして、うまく利用……もとい自分たちではしない実験を頼む事も出来る。
『日本はホームベーカリーの開発国でしたな』
NASAから秋山に語り掛ける。
これは質問ではなく、「開発したよね、だから……」と続く前振りである。
「そうですが、何か必要な機能があるのですか?」
『機能としては何の問題も無い。
完成度が高く、その仕様は合衆国のメーカーでも使わせて貰っている。
まあ我が国の場合はMOCHIとかNama-caramelといったものはオミットしているが』
「そうですね、餅とか生キャラメルなんてのは貴国では用が無いでしょうし。
それで?」
『機能には問題が無い。
だから、より自動化と対菌対策、無重力仕様を強化して欲しい。
無論、JAXAに頼むのではなく、貴国のメーカーに依頼をかけて貰えれば有難いのだ』
料理人は半分趣味を職業にしている部分がある。
これまで宇宙に行ったベルティエ料理長もアントーニオ料理長も、今回のノートン料理長もパンを作る工程は負担と思っていない。
ただノートン料理長は、より効率化を求めるNASAの依頼を受けている為、
「パンの種類を少なくする事で、自動で強力粉と水の量を調整し、適切な捏ねを実現出来ないか?
宇宙飛行士にもパンの希望はあるだろう。
クロワッサンが良いとか、デニッシュが良いとか、バゲットをカリカリに焼いて欲しいとか、その程度は分かる。
だが日本のように、米粉のパンとか、きな粉入りとか、中に具が入ったアンパンとか、外をコーティングしたメロンパンとかは必要無いと考える。
特殊な工程や材料を必要としない、パターン化されたものをスイッチひとつで作成出来たら良いのではないか」
こういう意見を上げて来たのだ。
パンの製法の合理化については特に考えて来なかった為、一理あるとして秋山は開発項目に入れる。
もっとも、JAXAがホームベーカリーを開発するわけではないし、その検証もNASAに一任する為、メーカーに依頼をかけるだけの簡単な仕事だから安請け合いしたのだが。
「パンよりも仕事の方を合理化したい」というのが秋山の願いであった。
もっとも、JAXAが仕事を合理化した分、苦労はメーカーに押し付けられる事になる。
営業は楽だろう。
「宣伝になるし、是非開発して欲しい。
こちらの見積もりは満額回答で通ったから、美味しい案件だからプロジェクトチーム作って取り掛かって。
なあに、小麦粉のパンだけだから、今までよりも簡単でしょ!」
営業の言う簡単は、本当に簡単な時と、簡単そうに見えて裏が見えていないだけの実は面倒臭い時とがある。
今回は後者であった。
無重力でどうやって粉塵である小麦粉を自動で調理器具の中に入れるのか?
液体の方が簡単である。
その他にも、湿気を帯びるとすぐに発酵するイースト菌を装置の中で長期管理方法とか、同様にバターをどうするかとか、人間の感性とか、保管庫があるから成り立っているものを、全部自動化する事になる。
手作業で行っているのは、それなりの理由もあったのだ。
「誰かの特殊技術を必要とせず、誰でも出来る」為の機械開発。
ヒーローを必要としないシステムの裏には、人知れず苦労を重ねる技術陣という見えざるヒーローがいるのであった。
その見えざるヒーローたちは、ただ一つ「アンパン」を作るオプション機能には拘った。
何故なら
「一見簡単そうで、中々理解されない困難な開発を、この少数のチームで行うんだ。
愛と勇気だけが友達のあのヒーローの心意気を忘れないようにしよう。
アンパンだけは譲らんぞ!」
という意気込みがあったからだった。
おまけ:
無重力対応完全自動ホームベーカリー開発陣のある日の作業日記。
「あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
(以下略)」
相当精神に来ている模様……。




