無重力の克服
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本独自の宇宙ステーション「こうのす」は宇宙での快適生活を求めて運用されている。
宇宙ステーション運用に初期から関わっているアメリカは、ここでのデータを火星探査飛行や月恒久基地にフィードバックさせるつもりだ。
月表面の重力は地球の6分の1である。
火星表面の重力は地球の3分の1である。
着陸さえ出来れば、微少ながらも重力の恩恵に預かれる。
故に、ここまで来てしまえばバスタブに湯を入れる事も、開放皿にスープを盛る事も出来る。
ラーメンもロングパスタも食べられよう。
問題はその行程での生活である。
月までは3日程度なので、我慢しろと言える。
火星への行程は、現在の技術で片道8ヶ月を想定している。
原子力ロケットとかレーザー推進とか、新しい技術を考えたとしても、それでも一ヶ月以上はかかる。
それも「出来たら」の話だ。
まだ形になっていない以上、やはり8ヶ月コース前提で準備をした方が良い。
2年半の飛行計画で、16ヶ月を無重力の宇宙船内、14ヶ月を弱重力の火星基地で過ごす事になるだろう。
さらに言えば、全員で火星に降り立つ事も無い。
万が一に備え、軌道上の母船で待機する人員も必要だ。
こうして考えると、如何に無重力での生活環境を充実させるかは案外重要な事であろう。
本来、宇宙飛行士に料理人の技術をつけさせるアメリカが、料理人を宇宙飛行士に仕立てて送り込んだのは、将来を見据えて一般人の意見も聞く為であろう。
忍耐強い、我慢が当たり前の軍人や専門の宇宙飛行士とは違う一般人のノートン料理長が住んでみて、この宇宙ステーション「こうのす」は中々快適だ。
密閉空間の息苦しさこそあるものの、出来るだけそれを気にさせないようオブジェが飾られてていたり、人工の樹木が置かれていたり、水槽で生物を飼っていたりしている。
6人での長期生活になるが、他にもロボットが動いていたり、AIが顔文字を使って会話して来たりと、寂しくさせないようにしている。
娯楽も、通信衛星を使ったインターネットで、地上の情報をすぐに見る事が出来たりする。
面白いのは宇宙ステーション内のサーバに、日本で発行された漫画の電子データがアーカイブ化されている事だ。
寝室のタブレットを使っていつでもストレス無く読む事が出来る。
漫画大国日本ならではの「空飛ぶ漫画喫茶」仕様なのだが、日本人は特にこれを気にしていない。
何となく「それって当たり前でしょ」という鈍感さがあった。
アメリカ人のノートン氏からすれば、実に興味深い。
まあ彼は日本語は読めないので、英語翻訳されていないものについては絵を見ているだけだが、それでも十分に楽しめる。
軟式拡張モジュールという、外骨格と強化ゴムで作られた空間でスポーツも出来る。
遊ぶ時以外は荷物を置いていたりする多目的スペースだが、こういう何でも無い空間が結構ありがたい。
狭くない場所に一人ポツンと、誰とも会わずに浮いていたい時だってあるのだ。
風呂・トイレに関しては、下手をしたらアメリカのアパートメントよりもずっと快適だ。
家を持たず、トレーラーハウスで生活する者なんかより、余程恵まれた水回りである。
それでも日本人は
「まだもっとよく出来る筈だ」
と改良を続けている。
今でも十分に快適なノートン氏からすれば、水を流す音を出すボタンとか、洗浄後の尻を温風乾燥するボタンというのは正直意味不明に感じたりもする。
宇宙に居る以上、無重力だけはどうしようもない。
宇宙船を回転させて遠心力による疑似重力を作る考えは当然アメリカにもあるが、それをすると宇宙船が大型になり、そんな大型の宇宙船を火星に運ぶような推力のエンジンは存在しない。
であるなら、無重力でありながら、如何に気を紛らわすような室内にするかが大事であろう。
……日本はちょっとやり過ぎな部分があるが。
調理において、無重力と密閉空間、火気厳禁な空間ならではの制限は付き纏って来る。
炎を出せない。
臭気の強い食材は持ち込めない。
細菌が繁殖するようなものもダメだ。
日本人は何としてもナットーなる発酵食品を食べようと無駄な努力をしている。
アメリカ人の目から見て、生卵持ち込みの時点で異常だとも思うのだが、こいつらはそれ以上の食品をいつかは宇宙に持ち込みたいようだ。
まだ僅かな期間だが、ここまで生活して来て感じた事は
「快適な生活には、裏方の努力は不可欠」
という事だろう。
他の飛行士たちが、快適な食生活を送る為に、料理人は無重力と戦って克服しようとしている。
食べる側は、ただそれを味わえば良いだけだ。
食べる側に無重力ゆえに制限をなるべくかけないよう、作る側が工夫をする。
他のトイレであれ、筋トレ機器であれ、寝室であれ、作る側が出来る限りの知恵を働かせた結果快適に近づけている。
(そうなると、専用の料理人を用意出来ず、宇宙飛行士に分担で料理をさせる場合、ある程度のマニュアルを作っておかないと大変だな。
本業が科学や機械の運転の人たちに、無重力を克服するオリジナルの発想を求めるのは間違いだ。
マニュアルで、この通りにやれば出来る、としておく必要があるだろう)
そう感じた料理長であった。
さてそんなノートン料理長だが、
「やはり無重力ではパンに挟むアメリカンな料理は合っているだろう!
食器をなるべく使わない、一食の中に色んな栄養の食材を入れる、それでいて様々な飽きさせないバリエーションを持つ。
サンドウィッチ・イズ・ベスト!
ハンバーガー・イズ・グッド!
ホットドッグ・イズ・デリシャス!」
等と言って
「だったらおにぎりで良いだろうが!」
と主張する白石飛行士と、今日も仲良く喧嘩するのであった。




