アイドルと宇宙飛行士の訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーション内では、一緒に訓練をして来なかった日米の飛行士間で諍いが、諍いと言って良いのか?が発生した。
一方、テレビでは四六時中同じ部屋での訓練の様子が放送される。
例の番組は基本的に野外ロケが多い。
無いものは拾って来る。
どうしても近くに無いものや、野山・海から手に入れられないものは0円で貰って来る。
そんな人たちにとって、閉鎖環境での訓練というのは異質なものだった。
決して外から物を持って来られない。
中に用意されたもので工夫する必要がある。
また、広い空間で肉体労働をする事も無い。
ひたすら狭い部屋に4人組で籠り切る。
動きが無いのだ。
ロケ的には実につまらない、筈だった。
なのに彼等は頑張った。
実は彼等には降下訓練や脱出訓練、消火訓練や操縦シミュレーションといった方が「順調過ぎて面白くない」ものであったのだ。
他のテレビ局は準備不足だった為、派遣された職員が日々のトレーニングで体を作って来たのは良い方で、中には「昨日まで別の仕事にかかりっきりだった」なんて状態で参加していた。
そういう人たちには、重い扉を開いて所定時間内に脱出するとか、パラシュートでの着地時の受け身の練習でも「体を張った画」になる。
だが、五十肩で腕を上げづらいという弱点はあるものの、基本的に訓練施設に入所するより遥か前から、自衛隊等で訓練をして来た人たちにしたら、そういう訓練は既に経験済み。
出来て当たり前とまではいかないが、一回か二回の指摘ですぐに出来てしまうものなのだ。
故に、番組ではダイジェストでさらっと流される。
この辺、訓練の模様を自局の番組で使いたい、選考に漏れた他局にはありがたいだろう。
閉鎖環境での人間関係の醜さは見せたくないが、中年が体を張って頑張っているように見せるのは望むところだ。
「準備不足」「運動不足」「不健康な生活」というのを「必死に頑張っている」という姿で全て覆い隠せる。
他局はこの放送終了後に、「中年の涙ぐましい努力」をメインで見せる事だろう。
その為にも、同じ訓練であっさり出来ている姿は詳しく放送して欲しくはないのだ。
「同じくらいの年齢なのに、あっちは出来ているじゃないか」
とは言われたくない。
さて、閉鎖環境での訓練である。
この番組は宇宙飛行士の選考に挑むチームの他に
「リーダーだけズリいじゃん。
行けなくてもいいけど、俺にも訓練くらい受けさせろよ」
という仲間と
「飛び入りで参加しちゃいました。
会社には有給申請してます。
自腹です!」
というアナウンサーとかがいて、一応「バックアップクルー」と呼ばれるのもついでに訓練を受けているのだ。
この番組は他局が年末進行をしている時期には、既に訓練施設に入所していた為、空き室を使ってバックアップクルーも訓練をさせる事が出来た。
なお、他の部屋では当時、正規の宇宙飛行士育成の訓練も行われている。
同じ番組の2チーム、要請があって電話は繋がるようにした。
課題について教え合うのは禁止した上で、である。
このルールはしっかり守られる。
というか、出来たとしても絶対に相手に教えようとはしない。
むしろ
「俺、出来てねえんだよ」
と隠し、出し抜こうともしていた。
この駆け引きこそ、本来はつまらない筈の閉鎖環境訓練を面白いものにする。
「リーダー、課題出来た?」
『まだ途中やで』
「あ、そう?
俺も出来てねえんだけど、ヒント頂戴」
『ベッドのとこに部品あるやんか。
それ使うんやで』
ここで電話を切り
「は?
あの人何言ってんの?」
「これ、絶対揺さぶりかけてますよ」
「だよね!
絶対こっちを騙そうとしてるよね」
「乗っちゃいますか?」
「よし、乗ろう!」
そして再び電話で
「リーダー、ベッドのこのバネ抜くんだね」
すると今度は返事が無い。
向こうの部屋では
「え?
本当にベッド壊したの?
本当にやったと思う?」
「いや、引っかけでしょう。
これ壊せませんよ」
「そうやんなあ。
あいつ、俺の事騙す気満々やからな」
「宇宙に行きたいんですかね?」
「行きたがってたでえ。
絶対俺にミスさせる気で言って来てるな」
こんな感じで、実際には両部屋とも課題は良いとこまでクリアした上で、相手を混乱させるような応酬を始めている。
彼等は有り合わせの物で、何かを作り出す課題は得意中の得意なのだ。
基本的な事なのだが、しっかりと図面を描いて、作業内容をメンバー内で共有出来る。
……たまに描いた人間でないと分からない記述も有ったりするが。
意外に、この図面に落とし込む工程と、作業内容の相互共有が出来ない人は多い。
何となくイメージ出来る場合、口頭で伝えてしまったり、相手も理解していると思って工程が一個飛んだ事に気づかないような場合があるのだ。
そんな風に、作業を段取りからしっかり固めた上で、
『その食事、食わん方がええで。
あ、これ言ったらあかんやつやった』
「リーダー、作業にペットボトルの水使うよね?
どれだけ使った?
まだ残ってる?」
とか言い合って、相手を混乱させる事で楽しんでいた。
(確かに課題はクリアしているし、チームワークも良好。
閉鎖環境でも楽しむ事が出来るメンタルの強さも確認出来た。
でも、遊ばんで欲しいなあ)
ちょっと融通が利かない部分がある秋山は、放送を見て笑っている他のJAXAスタッフとは別に、そんな風にも思うのであった。




