中国からの質問
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
秋山のPCに中国の宇宙当局からメールが入っていた。
「春節の中華料理について問い合わせしたい」
という内容であった。
日本と中国は政治的には微妙な関係になっている。
宇宙開発に関しても若干ライバル関係である。
「若干」というのは、得意分野が違うので競っても無意味だったりするからだ。
日本の得意分野は精密な探査機を使った探査である。
小惑星サンプルリターンとか水星探査などがそれにあたる。
中国の得意分野はパワーにものを言わせた宇宙開発である。
月からの岩石採集なんかがそうだ。
であるが、何故か「重量数トンの探査機を打ち上げて、月(距離38万km)からキログラム単位の岩石サンプルを回収する」ミッションと「重量数百キログラムの探査機を打ち上げて、小惑星のサンプル数グラムを回収する」ミッションを比較し、「我が国の方が上だ」と悦に入る記事が出たりしている。
なお、小惑星探査機の場合は総移動距離が約52億kmであり、移動距離では桁が4つ違うし、運用期間は月サンプルリターンが約1ヶ月、小惑星探査機は7年以上で現在も稼働中であるのだが、そこは見ていないのか、見ようとしないのか……。
まあ国威発揚したい、国威発揚されたい方は置いといて、技術部門は冷静だったりする。
発破は掛けられるが、基本的に比べても無意味なものだというのは分かっている。
意味は違うが「牛刀をもって鶏を割く」という言葉がある。
大袈裟な事をするな、という意味だが、同時に牛は牛刀、鶏はそれに合った包丁を使えば良いとも読める。
適材適所。
牛刀を作れと言われ、それで精密な作業が出来ないと言われても、テキトーに受け流すしかない。
ところで、宇宙ステーション関係は日中で重なる分野である。
日本はアメリカを中心とした国際宇宙ステーション計画の一部門を担い、中国は自国で行うという違いはある。
以前から中国は「こうのす」計画の「出来るだけ宇宙でも地上と同じような生活を」のコンセプトに注目していた。
春節料理を宇宙で作った件について、これは是非とも詳細を聞こうと思ったようだ。
「一体どこからその情報を?」
とはならない。
SNSで全世界に発信しているのだから。
一部
『そこまでして宇宙で中華作る必要ある?』
『中華食いたいなら宇宙まで行く必要ないだろ』
というレスコメントもあるが、概ね
『フレンチ、和食、イタリアンに続いて中華ですか! これで主要な料理全制覇ですね!』
『よし、次はインド料理だ、カレーだ!』
『宇宙で料理の鉄〇を出来ますね』
とノリノリなレスが多い。
まあ
『何故我が国の料理を無視するのか、隣国としてけしからん』
というのもあるが、無視しよう。
油断ならない相手だし、迂闊な事を喋って情報を取られないよう警戒しつつ、彼等とのオンライン会議に挑んだ。
その様子は他からも監視するようにしている。
だが、その配慮は徒労で終わる。
最初、オンライン会議で画面に表示された参加者の余りの多さに、秋山は面食らった。
参加可能アカウントが限られているが、1アカウントの中で数名の声がする。
そして、宇宙局だけでなく迎賓館である釣魚台の料理人とか、文化広報部門とか、そっちの関連からも出席者が出ていた。
通訳を介し
「まずは中国伝統の春節を世界に広報してくれて感謝します。
世界も我々の伝統や文化について、新たな関心を持ってくれるでしょう」
と言って来た。
そして話はどんどん「料理」の専門的な話に。
発酵食品という細菌を宇宙に持ち込む事の現実的な対応について。
油の処理について。
「炎の料理」と呼ばれる中華料理における火の扱いについて。
そして残飯について。
大量に注文し、大量に残す文化の中国では、「地上をそのまま持ち込む」と大量の残飯を出す事になる。
宇宙飛行士なら問題は無いが、そうでない人が行く場合にはどうなるか分からない。
また、和食が「美味しい素材の味をそのまま使う」料理、フレンチが「美味しい素材を味付けして更に美味しくする」料理なら、中華は「不味い食材だろうが、毒がある食材だろうが、どうにかこうにかして食べられる素材にし、それに味付けを足して美味に仕上げる」料理な部分がある。
あの食材は? この食材は? という質問が相次ぐ。
それは、その加工の段階で出るゴミをどう処理するか、という質問に繋がる。
秋山には、ピータンを作る為の粘土とか、草魚の泥抜きとか、そんなのは聞かれても困る。
途中で待機させていた、そっち系に詳しい職員に説明を任せる。
そして話を聞いている内に、少し疑問を覚えた。
(ちょっと高級食材の話が多くないか?)
熊の手の下処理とか、冬虫夏草の保管とか、料理や食糧の管理に詳しい職員でも回答に困る話がちょくちょく出ている。
ちょっと試してみたい事があったので、発言してみた。
「我々にとって一般的な唐揚げとかは聞かなくて良いのですか?」
その回答は
「いや、そんな安い料理はこっちでもどうにか出来ます」
であった。
何となくピンと来るものがあった。
会議終わりに、秋山は以前会った事がある中国宇宙局の人間を引き留め、他は退室させた上で聞いてみた。
「高級食材の話が多かったのですが、そういうのを食べる人が宇宙に行くのですか?」
「ええ、まあ」
「もしかして、それは政治家のお偉いさんじゃないですか?
我が国でも政治家先生が行きたいらしくて」
「……それは……」
通信がいきなり切れた。
何らかの答えを言おうとしていたようだが、どうも別な場所から強制切断されたようだ。
会議をモニターしていたのは、こちらだけでは無いようだった。




