春節・宇宙で春巻を食べよう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「えー--っと、これは中華料理でしょうか?」
夕食時に出された料理を見て、一同は疑問に思った。
確かに中華料理に起源を発するだろう。
だが、これを食べているのは、中国本土でも台湾でも香港でも、世界各地の中華街でもない。
生春巻。
それはベトナムのものこそ有名であろう。
ベトナムもまた旧正月を祝う。
「テト」と言い、ベトナム戦争ではこの日を狙ったテト攻勢というものがあったが、それについては触れずに置こう。
ベトナムもテトにはご馳走を食べる。
だから南原厨師長は、これを取り入れる事にした。
中国の旧正月では、縁起物として春巻を食べる。
上海、広州、香港などの沿岸部で人気がある。
黄金色の見た目といい、肉も野菜も春を迎える物を包み込み、包み料理だけに先頭から後ろまで首尾一貫食べるという意味で縁起が良い。
その黄金色は、油で揚げて出る色だ。
この油で揚げる工程だが、宇宙ステーション内では出来ない。
大量の油を使い料理法は禁止である。
ノンフライヤーは有るが、一回試したら柔らかい、中途半端な揚げあがりとなった。
使い方次第でどうにか出来るかもしれないが、
「どうせ油を使えないのなら、生で良いのではないか」
と思ったのが南原厨師長の急進的な部分だろう。
中国本土ではなく、台湾や香港で修行しただけに、各国料理を取り入れる事に抵抗は無い。
「こんな事もあろうかと、ライスペーパーも持って来て正解だったよ」
宇宙において、「こんな事もあろうかと」は最早日本人の常識とすべきかもしれない。
万全の準備をしておく事。
そして無ければ無いで、代用品を見つけ出す事。
この両方とも大事なやり方であろう。
「どうせなら、同じ旧正月なんだし、ベトナム料理で行こうか。
……って、この宇宙ステーション、どうしてこんなにエスニック料理の為の調味料が有るんだ?」
海外からの短期滞在飛行士(お試し宇宙旅行)を迎え入れるに当たり、どの国の料理にもそれなりに対応可能なように、様々に補給されていたのだ。
これも専用の厨房モジュールが有るから可能な事だ。
魚醤が有る為、色々出来る。
卵が無いので、それを使った料理は出来ない。
しかし、豚肉や鶏肉の煮込みは可能だ。
圧力鍋を使って、上手く処理してやろう。
「ベトナムにもおこわ、粽はあるし、これは使わせて貰おう」
「レモングラスは無い。
だったらレモンそのものを使おう。
味付けは調整して、変に甘くなり過ぎたり、酸っぱくなり過ぎたりしないよう注意だ」
「空芯菜なんて無いよね。
仕方ない、豆苗を使おう。
豆苗は中華の食材として栽培していたし」
「ヌクマムに3日漬けるか……。
間に合わない。
フォークで穴を空けまくり、沁み込みやすくして、急ぎで漬けこむぞ!」
本当のベトナム人には出すのをためらわれる、代用・短絡だらけのものだが、
「今回の主役は春雨!
それに合わせてベトナム料理っぽいのを作っている。
ベトナム料理は見よう見まねだから、本場のものには程遠い」
と開き直っていた。
正直、思い立って翌日から準備を始めたのだから、無い無い尽くしなのはやむを得ない。
とりあえずベトナムのテト料理っぽいのが並べられた。
「まあ、これはこれで美味しいですよ」
「鶏肉のゴロッとした塊、美味い!
ザンギとか好きだから、この感じが良いのよ。
酸っぱいのも良いアクセントかな」
「生春巻も懐かしいな。
結構好きな味なんですよ。
で、なんでスイートチリソースが宇宙ステーション内に有ったんだろう?」
「この椎茸もエビも、乾燥を戻したものですか?
乾燥食材、結構有用ですな」
概ね好評である。
これに関しては、料理人の腕よりもベトナム料理のポテンシャルのお陰であろう。
魚醤は、入れ過ぎて臭くしなければ、日本人好みの魚由来の味になるのだ。
「では食後のデザートです」
「え?
あれで終わりじゃなかったんですか?」
「いえいえ、本場の味には及ばないので、デザートで挽回したいと思いまして」
「いや、十分美味しかったよ」
この辺、料理人が納得していなければ、食べた人が「美味しかった」と言っても収まらない。
デザートが運ばれる。
「焼きバナナです」
「もち米のアイスクリームです」
「ココナッツミルクのかき氷です」
「ベトナム風のあんみつです」
そろそろオッサンたちは胸焼けがして来た。
彼等は余り甘い物ばかりを食べない。
甘い物は別腹というのは、例外もいるが、基本は若い女の子の言い分なんだ。
オッサンがそれをやると、太る、すぐに眠くなる、糖尿病になる、等等危険だ。
まあ彼等はオッサンとはいえ、世間的には若い方の部類だから、そこまで内臓や血糖値に爆弾を抱えてはいない。
それに、出て来るデザートも少量ずつだから、食べ切る事は出来る。
ウンザリしているのは、エンドレスにデザートが出て来そうだったからだ。
「じゃあ、最後です」
「やった!」
この反応は、甘い物を食べさせ続けられたオッサンたちの、心の底からのものであった。
最後にはコーヒーが出て来た。
「待った!
もしかして、これはベトナムコーヒーか?」
「そうですよ。
なんか倉庫に練乳と、ロブスタ種のコーヒー豆が残ってましたので」
〆の一品は、練乳たっぷりで甘~~い飲み物であった。




