兼業アイドルの大苦戦
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
既に2番組は宇宙に行く事が内定した。
宇宙に行く事を前提とした最終訓練が課される。
そして、ここまで高得点でクリアーして来た某兼業アイドル(アラフィフ)は、これまでに無い苦戦を強いられる。
英語である。
学歴云々で差別する気は無い。
高卒だろうが中卒だろうが、英語を話し使いこなせる人は幾らでもいる。
逆に院卒の肩書があっても、実践で英語が下手な人だっている。
そうなのだが、この場合は学歴がもろに影響した。
宇宙飛行士に求められるのは、大学院レベルの「専門英語」なのだ。
会話や小説を読めるものではダメだ。
論文を読み、技術書を読み、専門用語で通信をする。
繰り返しになるが、学歴が全てではない。
最終学歴が低くても、その後の努力でスキルアップする人だって、幾らでも存在する。
この兼業アイドルだって、勉強して幾多の工業機械の免許を取得して来た。
だがもう五十歳前後。
専門の英語が中々頭に入って来ないのだ。
いや、覚えた先から忘れてしまうのだ。
「あかんのよ。
俺、年取ったからな、単語が入って来いへんのよ。
君らもな、年取ったら分かるのよ」
と関西弁で嘆いている。
若手、といっても1歳、2歳下でしかないのだが
「それならいつでも俺が交代するからよ」
と言って来るが、今更メンバー交代も有り得ない。
もう片方の番組の売りである「ボヤき」「嘆き」がこちらの番組でも聞かれる。
その「ボヤき」が持ちネタである北海道の番組の方は
「まあ僕ぁね、これでも教員免許持ってんのよ。
インテリなのよ!」
と自慢し、自信満々で間違っている。
英語の教職課程でも、理系分野の教職課程でも無い為、論文英語なんて出来るわけないのだが。
それでもこちらは、ボヤきとは裏腹に根拠の無い自信と、とんでもないホラを吹きまくっている。
両方とも実技や適性でなく、学科で物凄く苦戦をしている。
「どうせ通信担当させたり、報告文書かせたり、外国人と共同で実験をしたりするわけではないから、英語は外そうか……」
という意見すら出ている。
「以前、観光客が『こうのす』に行きましたよね。
特に難しい英語は使えなくても良いでしょう」
「忘れてはいけない。
彼等は論文とか専門用語使いではないが、英語が母国語だから、日本人の基準で考えてはいけないぞ」
どうしたら良いのか話し合った結果、特例を認める事にした。
「打ち上げはアメリカからになりますので、そこで困らない英語が出来たら良しとします。
つまり、日常英会話。
ホテルで問題無く過ごせるレベルの英語力だけ身に着けて下さい」
これに対して
「助かるわぁ」
「もう、何度海外に行った事か。
そんなの楽勝ですよ」
と反応しているが、そのレベルでも結構怪しい。
度胸があるから、単純な単語を繋げて相手に伝える事は出来る。
それで十分としよう。
一番問題なのは、通信せざるを得ない状況で、何も話せなくなる事だ。
緊急事態でNASAとしか交信出来なくなっても、最悪日本語で状況説明出来れば、NASAの方が日本語通訳を用意するだろう。
誰かが言った。
「英会話とは気合である」と。
発音がどうだ、アクセントがどうだ、と気にし過ぎてはいけない。
どんな酷い言葉でも、発してみれば案外通じるのだ。
自分の発音の酷さを気にすると、相手に対し話す時のコンプレックスになってしまう。
そんなのを気にせず、恥を恥とも思わず、気合を入れてまずは話してみるのだ。
内弁慶で文法にこだわる日本人には、そういう気合の方が会話では重要だろう。
芸能人の方は、もうこんなノリで良しとする。
それ以上はこの短時間では無理だ。
彼等は宇宙に行くのであり、英語で論文を書いたり、英語でしっかり報告書を書く為に行くのではないのだから。
そういうのはやれる人がやれば良い。
その為のチームなのだ。
……というわけで、その皺寄せはスタッフに行く。
芸能人に特例を認める代わりに、介添人でもあるスタッフがいざという時に英語で対応すれば良い。
芸能人の分までやってくれたら良いのだ。
辞書使って良いから、何か有った際の報告書もスタッフが書く。
通信せざるを得ない状況で、宇宙船の計器の数値を読み上げたり、現状の問題を伝達し、対応策を聞いたらそれを通訳して芸能人に伝える役目も負ってもらう。
両番組ともスタッフはガテン系に近い現場派なので、頭脳労働は芸能人たち程でないにしても苦手だったりする。
だが、テレビ局とは結構なブラック企業である。
番組の為にやらねばならない、そう決まるとスタッフは「絶対に」やらなければならない。
出来なくてもやるのだ。
そして、本来「大学院修士課程修了レベルの知力」を必要とするミッションスペシャリスト審査からしたら不合格も良いところだが、「出来るだけ一般人でも宇宙に行けるようにする」基準では何とか及第点になった両番組のチームは、宇宙行きについてゴーサインを受けた。
「彼等が宇宙船を操縦するとか、宇宙に脱出するとか、故障を直すとか、着陸・着水の際に問題を起こして漂流したりサバイバル生活をする事は、無いと願おう。
使うのはアメリカ民間企業の有人宇宙船だし、運用も向こうだ。
こちらに責任が全く無い、とはいかないにしても、出来るだけアメリカに責任を負ってもらおう。
そして、本当に何かあった時は……頼むぞ」
9人乗りの次回短期滞在。
4人+4人でテレビ番組スタッフが選考された。
残り1人、正規の宇宙飛行士に掛かる責任と負担は大きいものとなった……。




