宇宙の干物
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
長期保存に適した食品加工は、漬物の他にもまだある。
干物はその一つだ。
大航海時代、保存状態が良ければ5年は腐らずに赤道を越えられるタラの干物は、船乗りたちの貴重な食糧となった。
このタラの干物はポルトガル語ではバカリャウと言い、料理の際は食材としてもよく使われる。
バカリャウは日本では棒鱈であろう。
日本の干物で有名なのは、スルメ、クサヤ、鮭とば、しらす干しとかになる。
クサヤは流石に密閉空間で作るのはちょっと難がある。
どうしてもと言うなら、以前滞在したイギリス人学者が纏めた
「密閉空間、宇宙ステーションでシュールストレミングを食べる方法」
のガイドラインに従って貰おう。
まあ、クサヤの液自体持ち込み禁止なのだが。
宇宙で干物自体は既に作成実績はある。
第三次長期隊打ち上げの際、種子島の漁協から買った魚を開きにして干物を作った。
この干物作成は、熟成はさせずに水分を抜き、旨味を凝縮させるだけのものだが。
味醂に漬けての味醂干しも作成した。
そんな感じで魚の干物は、微生物による熟成は出来ないが、ある程度の事を既にしている。
同様に肉の干物も作っている。
干物というと誤解されるので、ハムと言えば良いだろうか。
ハムは塩漬け、燻製もしくは湯煮、乾燥という工程を取る。
燻製は既に述べたように、煙を出すから宇宙ステーションという密閉空間では出来ない。
ハムの中には塩漬け・乾燥のみで燻製しないものもある。
イタリアのプロシュート、スペインのハモン・セラーノといった生ハムである。
第三次長期隊のイタリア人料理人アントーニオ氏が生ハム(プロシュート)を作ったのは、これなら作成可能だという判断による。
干物とは肉・魚だけではない。
野菜の干物、果物の干物も存在する。
果物の方はドライフルーツと言う。
ドライフルーツは需要がありそうだが、如何せん宇宙ステーションに果樹園部分は無い。
今回ようやくブドウとオリーブの栽培を始めた。
オリーブは搾油にも使うが、他にドライオリーブにも出来る。
野菜は、これまで『採れたて』『もぎたて』『新鮮』『天然』『100%』というどこかのアイドルグループのキャッチフレーズのような使い方を目指して来た。
宇宙ステーションで人工栽培している以上、天然は無いのかもしれないが、土壌農耕モジュールを使っているのはそれを目指しての事である。
次のステップとして、干し野菜にも挑戦する。
今は収穫したらその分、すぐに使用している。
これを干し野菜にするなら、日保ちを長くする事が出来るだろう。
キノコ類を乾燥させたものは、出汁用の食材としても古くから作られて来た。
だがキノコ(菌類)の栽培は宇宙ステーションでは行っていない。
現在宇宙ステーション内で栽培している野菜の中で、もっとも干し野菜に適しているのは大根だろう。
切り干し大根、凍み大根といった方法で保存食に出来る。
一風変わった野菜の乾燥食材といえば、高野豆腐(凍み豆腐)、乾燥湯葉、乾燥油揚げがあるだろう。
大豆を煮て、豆乳を絞り出しで作る食材。
無重力では豆乳を煮た時に浮かび上がってくる湯葉を掬うという事は出来ないが、そこは遠心分離調理器を使えば解決だ。
こうして作った豆腐、湯葉、豆腐を油で揚げたものを乾燥させ、保存食とする。
この大豆自体も、枝豆状態から更に植え続け、黒く乾燥してから収穫するものだ。
さらに収穫後にも乾燥させて保存する。
種子を食べるものは、水分を抜いておかないと発芽しかねない。
故に米も麦も、収穫後には乾燥させる。
なお、戦国大名の北条氏政が、畑で刈り入れされている麦を見て
「あの麦をすぐに飯にして出せ」
と言った事を無知の証明としたのは、麦とは収穫後には乾燥させる必要があるから「すぐに」は食べられない事を知らなかった為である。
まあこれは、武田氏の家臣だった者が纏めた「甲陽軍鑑」にのみ収録された逸話であるので、真偽の程は不明なのだが。
そんなこんなで、第四次長期隊の農業及び料理の隠しミッションとして、久保田飛行士と牧田料理長は乾燥食材の製造も行っている。
作っていながら、彼等がそれを食べる事はない。
第五次及び第六次隊がその恩恵にあずかる事になろう。
それでも彼等は手を抜かない。
葉野菜もフリーズドライにし、真空パックに保存したりする。
地上でも練習をしていた為、滞りなく作業が行われている。
「あと、宇宙で作れそうな乾燥食材と言えば……」
2人は水環境モジュールを見た。
ここではエビを実験材料として飼育している。
宇宙になるべく地球と同じような環境を作る。
その研究において、汚水(富栄養化水)をプランクトンが処理し、そのプランクトンを貝類がろ過し、更にエビが食べるという食物連鎖の環境を人工的に作っている。
このエビが食用にも出来るとなれば、宇宙での自給自足は更に可能性が拡がる。
現在はまだ研究段階で、食用にもなる品種を飼育しているものの、体内に蓄積される毒物などが無いかを確認してから後でないと、危険で食材には使えない。
「干しエビも良いですね」
「そのまま食べても良いし、出汁としても、湯で戻して食材としても使えますね。
ですが……」
「そう、我々は決して食べられない」
地上に戻ったら、干しエビとか干し食材使った中華料理を食べに行きたいな、と妄想する2人であった。
おまけ:
宇宙での果樹園、フルーツの栽培計画も考えているが、柿についても考えられた。
柿は干し柿にする事が出来るからだ。
しかし、生育速度の遅さもあり、苗木を宇宙に運んでから実がなるまでには時間がかかり過ぎると判断され、取り止めとなった。
「勘違いして、干す前の渋柿を食べる飛行士は……」
「居ないと信じたい!
いくらなんでも、いくら刺激が欲しくても、そんな事はしないと思いたい!」
そのやり取りを聞きながら、秋山は思った。
(日本人飛行士ならね。
「こうのす」は外国人も使用するし、その時オレンジと一緒になっている渋柿を、知らずにもいで食べないなんて保証はないぞ)




