前回の課題をすべてクリアして初めて“改良”という
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
初の命綱無しの宇宙遊泳は、1984年にスペースシャトル・チャレンジャー号で行われた。
この宇宙遊泳を行ったブルース・マッカンドレス2世は、有人機動ユニット(MMU)の開発にも携わっていた。
スペースシャトルから約100メートル離れた位置にポツンと宇宙飛行士が1人浮かんでいる写真を見て、
「最も恐ろしい宇宙の写真」
と評する者も存在した。
海軍のテストパイロット上がりで、自分が開発を行った事もあり、マッカンドレス飛行士はこのユニットに不安を持ってはいなかった。
だが、結局MMUを使った船外作業は3回で終了となる。
「こうのす」には訓練用として、このMMU及び簡易版のセルフレスキュー用推進装置(SAFER)が搭載されていて、実務としての船外作業で無い時に使用される。
実務の時は、ロボットアームに足場を設け、そこに固定されての作業となる。
その方が安全なのだ。
アメリカが日本の訓練機を使うのは、実務利用のISSでは滅多に使う事のない、この個人用の推進装置の実地訓練が出来るというのもある。
今やアメリカの宇宙船には搭載されていないものが、改良されて「こうのす」には有るのだ。
宇宙スクーターはこの個人用推進装置の強化版と言える。
個人用推進装置よりも燃料搭載量が多く、速度も出せる。
人間が乗る機械であるから、パネルを見て多くの情報も得られる。
だが、それでもデータが足りなかった。
宇宙には標識も信号も目安となる建物も無い。
MMUの実験のように、100メートル程度離れた場所で使うならまだ良い。
もっと離れた場所まで「ツーリング」してしまうと、帰って来られるか極めて不安になる。
映画「アポロ13」の原作は、そのアポロ13号の船長ジム・ラベルの著作「Lost Moon」である。
映画でも著作でも語られていたのが、海軍のパイロットだった時の話だ。
”ベトナム戦争中、夜間飛行を終えて飛行中の戦闘機の電装系が全て壊れてしまった。
戦闘行動中であり空母には灯火管制がされている。
室内の電気が消えて真っ暗になる。
「ああ、もうこれで全て万事休すだ……」
しかし暗くなったからこそ、見えて来たものがある。
空母の航跡に光る夜光虫の光だった。
空母は見つからなくても、その水脈に残るわずかな光の先に空母は居る。”
宇宙飛行士は、このように如何なる時でも諦めない、どんな状況からでも生き残るタフさを要求される。
そういう訓練を受け、そういう精神の者が宇宙飛行士となる。
一方で技術者としては、こういう状況に飛行士を追い込むのは屈辱である。
ラベル船長程の沈着冷静な人物にしても、海上で一切の目印が無い暗闇に置かれると、どちらに行ったら良いか分からなくなるのだ。
これが更に無重力で上下の感覚も無くなったなら、位置を見失う事は想像に難くない。
これをどうにかして解決したい。
宇宙飛行士の危機解決能力に頼らずに、自分がどこに居るかを示したい。
「コンセプトにもよりますな。
宇宙ステーションの周囲でだけ使うなら、現状で良いと思いますが」
「いや、もっと離れた場所への移動を考えているようなので、現状では良くないです。
この件は持ち帰って仕様そのものを見直します」
将来的には、与圧室や大気圏再突入能力が無いだけで、一人乗り宇宙船としては自由に軌道を行き来出来るものとしたい。
簡単に言えば、「こうのす」で焼いたピザを搭載してISSまで配達するとか、静止衛星軌道まで行って出張修理をするとか、プラ〇テスのように宇宙ゴミを回収するような事をしたい。
単独で心細くなるような目印無き移動を、しっかり行えるように、位置表示機能を充実させた方が良いだろう。
更に言えばこの機体は、ミッションスペシャリストくらいでも扱えるようにしたいのだ。
「まだ今月いっぱい、期間までテストはしますが、今の段階でもげっぷが出る程の改良項目が出て……」
「ウンザリですか?」
「いえいえ、大いに喜んでおります。
試験機である零号機で問題点が全く出ない方が、技術屋としては不安ですので。
ただ、次も試験機で零一号となりますが、これは当分先になりそうです。
今回みたいに小型で、船内で組み立てて、ハッチから出すサイズにはならない可能性がありますね」
飛行機のコクピットにどうしてあれだけのパネルがあるか。
相当にデジタル化され、まとめられるものはまとめた(例えば4基のエンジンの調子は、以前はエンジン毎の回転数、出力、燃料供給具合を別々のメータで見ていたが、最近はデジタルパネル1画面にまとめて表示し、グラフ化して見やすくしている)が、それでもあれだけの情報を確認する必要があるから、まだまだ計器は多い。
バイク並のタコメーターに三次元要素を追加した程度では、宇宙ステーション付近をチョイノリする程度しか出来ない。
それはそれで使えるのかもしれないが、小型移動機械とするならもっと計器を増やす必要がある。
そして制動の難しさ。
微速でも体を動かしてようやく回転を止めたりしている。
もっと高速になったら、立て直しは大変だろう。
スポーツをやっているのではないから、もっと操作しやすいものの方が良い。
重心移動で推進剤節約だが、もっと違った方法が良いかもしれない。
操縦者にアクロバティックな体の移動をさせるのは間違っている。
コンピュータ制御能力を高め、自動で噴射を微調整して静止させるようにする。
そうなると現在よりも推進剤は多めに使う。
燃料タンクは大型化し、姿勢制御エンジンも増やす事になる。
操縦用コンピュータも大型になるだろう、演算能力よりも冷却能力を高める為に。
「まあ、原チャが大型二輪になるような感じですね」
「……それはもう改修ではないですな。
別の機体を作るって事ですね」
「あと、ジェミニ改と同じような機能も必要になります」
アポロ13号のラベル船長の話を引用したように、宇宙では何が起こるか分からない。
全てデジタル化してしまうと、扱いやすいが、壊れた時に「万事休す」となりやすい。
普段の操作時には、一人で操縦する以上混乱しないよう、分かりやすく最低限、だが不安にならないような表示にする。
その一方で、故障時にはあらゆる情報を見られるアナログメーターを、パネルを外せば見られるようにする。
それを見ながら対応、更には修理すら可能とする。
修理用の予備パーツや工具も搭載する。
どうしても大型二輪化してしまう。
「今出ている課題を全部クリアしてから、次の機体をテストしないと、折角の宇宙実験が同じ事の繰り返しで無駄になります。
どっかの妖怪爺いじゃないですが
『前回の課題をすべてクリアして初めて改良』
ですからね。
あいつは小悪党ですが、言ってた事はもっともな事です」
次の実験は当分先になるようだ。




