短い滞在だが、楽しんだようでなにより
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)から派遣された飛行士たちの滞在が終わりを迎えた。
彼等は明日にはアメリカの民間宇宙船で帰還の途につく。
最初は皆、紳士のような振る舞いをしていた。
しかし、即日温かくて美味いコーヒーにより、緊張が解きほぐされる。
シュールストレミングの議論で分かったが、基本的にノリが悪いわけではないのだ。
更に「こうのす」内の食材の豊富さも、彼等を驚かせるに足るものだった。
「宇宙に生ハムがあるとは……」
前任の料理担当が作って、置いていったものである。
皆がコーヒーや食事に満足する中、イギリス人天文学者だけが
「紅茶のフレーバーの種類がちょっと物足りん」
と軽く文句を言っていた。
このこだわりがあるイギリス人は、ドイツ人技術者とも
「なんでジャガイモをつぶして食うのか?」
「そういう食べ方だ。
私から言わせれば、ジャガイモを切って食う方がおかしい」
「無重力の食卓で、フォークで押しつぶす行為は不毛だと思わないかね?」
「確かにその行為は不毛だ。
無重力環境で、力を入れると反作用で体が浮くから。
しかし、最初からつぶしていれば、こういう問題は起こらない。
宇宙食は固形食よりも流動食と聞く。
ならば、我がドイツのジャガイモ料理こそ宇宙一ぃぃぃ!
その料理こそが最適だと言わざるを得ない!」
「ジャガイモはつぶされた形で収穫されていない。
収穫後に人為的につぶされる。
地上で作られた宇宙食ならつぶしたジャガイモ料理で良いかもしれない。
保存用に缶詰めに入れられるものなら特にそうだ。
だが、この宇宙ステーションでは、自然の形のまま収穫される。
ならば、自然の形のまま食べた方が良いのではないか?」
と口論をしていた。
(またやってるよ。
イギリス人とドイツ人は議論が好きで、しかも譲らないからなあ)
他の飛行士たちは、ジャガイモをつぶして漉して飲みやすくしたビシソワーズを飲みながら、その光景を見物している。
英独は議論を楽しむところがあるので、仲が良いのか悪いのか。
食事といえば、帰還にあたり牧田料理長にリクエストがあった。
「Bentoを頼む」
「ベント?
排出口の事でしたっけ?」
「ベントー、君たちの国のボックスランチだよ。
作って貰えるかい?」
「まあ出来ますが、なんでまた?」
やはり、たった数日で「もうビニールパックを吸ったり、ブロック菓子みたいなのをかじる生活は嫌だ」となったようだ。
「こうのす」は宇宙飛行士をダメにする宇宙ステーションかもしれない。
リクエストされた以上、答えるのが料理人の腕である。
「何かご要望は?」
欧州人は一斉に答えた。
「サンドウィッチ!」
「レバーケーゼ!」
「スモーガストータ!」
「スモーブロー!」
「トースト!」
「あー、はいはい、パンに食材はさむ料理ですね。
具は何が良いですか?」
「ハムとエッグだな」
「肉料理とジャガイモ。
分かるよな、ちゃんとつぶしたやつだ」
「玉ねぎやトマトペースト」
「あったらサーモン」
「キューカンバー(キュウリ)」
(ここに無い食材も入ってるじゃないか……)
「逆に食べられないものは?」
全員一致で
「無い!」
その他、コーヒー3食分×4で12パックと、紅茶がリクエストされた。
「前任が自作も含めてハム類は多く残していった。
打ち上げに際してチーズ類を無理言って送ってもらった。
野菜類は豊富にある。
香草とかは無いが……。
魚と、あとは卵が無いんだな……」
長期間の保存が出来ない食材と、宇宙で生産出来ない食材は不足しがちである。
ゆえにそれ以外の食材でどうにかしよう。
あとは……
「なになに?
調べたところ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンはライ麦パン?
よし、焼いてやろうじゃないか!
何故か知らんが、小麦粉は色んな種類が在庫である!」
(最初と3番目の料理担当のリクエストです)
「しかし、紅茶の件といい、パンでもイギリスだけ他と違うようだ。
あそこはヨーロッパの中では何か違う国なのかな?」
明治時代以降、そのイギリスを師として来たのが日本なので、
実はイギリスの方が日本の食材でどうにかなったりするのだ。
こうして4人分のヨーロッパの標準的な料理と、1人の独自っぽい料理が出来る。
余った紙を折って、ランチボックスを作る。
「おお、素晴らしい」
「日本人はこういう細かい事するよね」
こうして短期滞在隊は地球へと帰還した。
日本の宇宙ステーションの噂を聞いたヨーロッパの料理人たちは、
今度は募集もかけていないのにJAXAに履歴書を送り、
「自分を宇宙で料理させて欲しい」
と売り込んで来るのであった。




