腹黒紳士からの誘い
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
これまで、「こうのす」計画には日本・アメリカの他、フランス、イタリア、ロシア、カナダそしてゲストとなった宇宙技術未確立国が関与していた。
この中に「イギリス」という名前は無かった。
そうだろう。
宇宙技術ならアメリカかロシアであり、イギリスは欧州宇宙機関の一員に過ぎない。
そして「宇宙でも快適に生活する」という分野では、お呼びでない。
食ならフランスとイタリアの他、何だったら競合している中国の方が有益である。
住環境では、インテリアなら他の国もあるが、宇宙船としてならアメリカ、風呂トイレなら日本に勝てる国はまず無い。
イギリスも、飯と腹黒さ以外そう悪い国じゃないのだが、とりあえず今までは関係するものが無かったのだ。
そのイギリスから連絡があった。
イギリスにもイギリス宇宙局(United Kingdom Space Agency)という組織がある。
この機構は欧州宇宙機関の有人宇宙飛行計画に資金を拠出したこともない。
有人宇宙飛行には興味が無いように感じられた。
そのイギリス宇宙局の職員からアポイントメントが有った為、
(イギリスも「こうのす」計画に参加希望か?
だとしても、宇宙飛行士の予約はいっぱいなんだよなあ)
と秋山は訝しむ。
なお、イギリス人宇宙飛行士は二重国籍も含めて7人。
民間を入れないJAXAの関係で、多国籍でなくスペースシャトルかISSに搭乗したという条件をつけた、日本人飛行士よりも少ない。
そういえば、有翼宇宙機である軌道投入用単段宇宙機を開発している、と発表していたが、はてさてどうなったのだろう?
さっぱりその後の報告が途絶えている。
イギリスの宇宙への科学的関心は1933年に設置された英国惑星間協会から始まり、有名なSF作家アーサー・C・クラークも参加していたというのに、他国よりも目立った事は全くやっていない。
有名なロックバンドのギタリスト兼天文学者が、「はやぶさ」の方に熱烈な支持を寄せてくれているのだし、イギリスも一個くらいは他国とは違う目を引く宇宙計画を出しても良いと思うのだが……。
イギリスの用件は有人宇宙飛行に「参加させて欲しい」では無かった。
有人宇宙飛行を行うに当たり「保険に入りませんか」であった。
イギリス宇宙局の者は単なる仲介役で、本命はイギリスに本部を置く超有名保険請負シンジケートの代理人であった。
「いや、飛行の保険は既にかけていますよ」
「それは機材とか、JAXAが関係する宇宙飛行士についてですよね?
我々が提案したいのは、観光宇宙飛行に関する保険です」
「それ、アメリカに言ったらどうですか?
日本はまだ、本格的な観光宇宙飛行はやる予定ありませんよ。
『こうのす』だって、あと何年運用するか」
「アメリカはとっくにその辺はやっていましてね。
商売になるのは日本なんですよ」
「ロシアとか中国はどうなんですか?」
「あんなD-評価の……失礼、評価基準が西側社会とは異なるものは保険利率算定が難しくてですね」
(今、本音が聞こえたが)
本音は意図的に漏らしたのだろう。
「まだまだ先の事とは言っても、有り得ない訳ではないのですよね。
特に貴国の宇宙ステーションは、アメリカの国際宇宙ステーションの計画補助も担う。
宇宙観光旅行客はいつ受け容れるか分からない訳でしょう?」
(えーっと、なんで現在進行形で法整備している案件について、ここまで耳が早いのだろう?)
それがイギリスという国である。
「もしも観光宇宙飛行の客が、貴国の宇宙ステーション滞在中に事故を起こしたとします。
その補償はアメリカの保険会社もするでしょう。
しかし、貴国が全く責任を問われないと思いますか?
責任が無かったとしても、とりあえず問い詰めて来るのが貴国以外の常識です。
その時に慌てても大変ですよ」
(保険業者は、個人レベルでも口が上手いと思うが、国家プロジェクトに関してもセールスが凄いなあ)
イギリスとはそういうものである。
「まあ、すぐには決められません。
我々の部門は総理大臣の案件でして、総理大臣の裁可が必要です。
勝手にそういう大きな契約をしては責任問題となります」
秋山はそう、官僚答弁で返す。
だが、画面越しに「そんな事分かっている」という表情をしている。
「左様、これは貴国の総理大臣に承認を取る必要があるものです。
セールスをかけるとしたら、そちらでしょう。
ただ、一国の首脳に対し、我々のような保険請負代理人が直接セールスは出来ません。
我が国の首相と貴国の総理大臣との話し合いになる事でしょう。
であるからして、私のような者は、貴殿と話をするしか出来ないので。
私の立場はお分かりいただけるでしょうか?」
「まあ、そうですね」
「その際、一番先に提案したのは我々だという事を、貴殿には話して欲しいのです。
今回すぐに決まるなんて思ってはいません。
我々とて、日本の意思決定(の遅さ)については十分承知しております。
この先何度もお話しさせていただきますので、顔繋ぎですよ」
打ち合わせを終え、秋山はどっと疲れた。
まあ、確かに色んな保険が必要なのかもしれない。
だが、保険外交員はあの手この手で契約させようとするもの。
代理人が接触して来たが、本命は総理に「YOU 契約しちゃいなよ!」と言って来るイギリス首相によるトップセールスの方だろう。
まあそれで、総理がOKを出すなら問題は無い。
この件、総理に丸投げしよう。
秋山は保険契約については、判断を委ねる事にした。
この保険の申し出は氷山の一角である。
まだまだこれからの事で、する作業は多い。
腹黒紳士の相手は、曲者総理に任せておこう。
……例え後で面倒臭い事を押し付けられるとしても……。




