宇宙の干潟
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
米沢飛行士は、大学の研究者ではなく環境系NPOの研究者である。
ラムサール条約の関係、干潟の生態系の観察をしていた。
観察といっても、双眼鏡とカメラとカウンターを持っての観察の方ではない。
採集網と採集瓶でサンプルを持ち帰り、自宅兼研究室で地道に微生物や水中の栄養分について調査をしている方だ。
下手に公の研究機関に居ない為、分野が幅広い。
微生物から小魚からカニやエビ、貝類、更には線虫等まで採集瓶に入るものなら何でも来いである。
「その分、鳥とかは人並み程度です」
そう謙遜するが、宇宙ステーションに水鳥は飛んで来ないから、全く問題は無い。
なお、アマチュア天文家でもあり、個人の荷物の重量制限内で観測器材も持って来ている。
「ちなみに、何を撮影してるんですか?」
「干潟星雲」
「……あれって輝線星雲であって、干潟とは関係無いですよね?」
「でもまあ、名前に惹かれまして」
というある意味ガチモンであった。
水環境・浄水機能実験モジュールには2つの機能がある。
1つは汚水の化学的・微生物利用的な処理、浄水機能である。
こちらは現状問題無く動作していて、宇宙ステーションの水循環を行っている。
既存の水道と同じやり方であり、ISSに搭載された水処理システム等よりずっと枯れた技術を使っている。
それ故に安心、というよりも日本人には飲み慣れた水道水の味の処理水を作り出す。
これと個人用浄水器、というかミネラル添加器を通したものを冷やして置けば飲料としても満足。
宇宙湯舟に入浴剤と共に入れれば十分に温浴出来る。
フィルターの取り換えや塩素タンクの管理で、半年に一回くらいは水道局員の派遣がある。
この浄水機能が8割を占めているが、他に水環境実験区画が在る。
簡単に言うと人工の干潟再現である。
干潟は天然のろ過装置である。
砂や礫と、そこに住む微生物が潮の満ち引きにより新鮮な水や空気の入れ替えにより、汚水こと富栄養水を分解処理する。
本来なら食物連鎖の上位たる鳥などの大型生物から、底生の微細藻類までの多様な生態系によって干潟は機能している。
だが、宇宙ステーション内では限られたものを、人工的に作らざるを得ない。
「干潟には砂の干潟と泥の干潟があります。
砂の方は割と分かりやすいでしょう。
貝とかが暮らしてますから。
だから人工的に作られているのは砂干潟ばかりです」
「泥の方は?」
「機能が完全には知られていません。
悪臭が発生する事もあり、人工的に作られたって話はほとんど聞きませんね」
「でも、今回米沢さんの企画で、泥環境も作成しましたよね」
「あれは泥地であって、干潟では無いのですよ」
「えーーっと、どういう事ですか?」
「潮の満ち引きで空気に晒されたり、水没するのが干潟です。
主に海水ですね。
今回の実験は、砂干潟でどれだけ浄水効果があるかの確認です。
それは自分も行います。
それとは別に、そうですね……水田と言ったら良いでしょうか。
淡水で良いですが、泥に住む生物の浄水効果も研究したかったのです。
自分は、有機物の分解には泥の生物も寄与していて、それと砂干潟を組み合わせると効果が増えると考えていますので」
「それでジュンサイとハスを持って来たんですね」
「ええ、食えますから」
その言葉を聞いた途端に、牧田料理長が鋭い反応を示す。
「え?
ジュンサイに、もしかしてレンコンですか?」
「そうです」
「おお、レパートリーが増えますよ。
レンコンなんて備蓄に無いので」
「いや、あの料理長……。
あれは実験用です。
殊更毒とかを吸収させる実験とはしませんが、環境浄化のモニターをするので、
終わってからお願いします」
つまりは長期滞在の帰還間際であろう。
他に、この水系の実験装置には動物も住んでいる。
泥の方にはドジョウが。
砂の方(海水の方)にはエビと貝がいる。
この動物たちは、食用を禁止された。
実験用に観察され、地上に持ち帰られる。
残念そうにしている料理長にツッコミが入る。
「厨房の中にも水槽があるでしょ!」
ここには食用のエビと貝が入れられ、生け簀として使われている。
料理人たちは、将来的にここに大型の魚も入れたいが
「宇宙で刺身を切るとか、魚を〆るとか勘弁ね。
無重力で血抜きとか大変でしょ」
地上の管理者たちはそう考えている。
無重力で魚の血が飛び散って、フワフワ浮遊しているとか、たまったものじゃない。
汚したら、使用権の1位であるフランスに何を言われるか。
だが料理人たちは
「だからこそ、挑戦しがいがある!」
と難問に取り組むのを楽しみにしている。
まあその前に
「ここの生け簀を本格稼働させるのは初めてなので、
エビとか貝のきちんとした生かし方を教えて下さいね」
と米沢飛行士に頼む牧田料理長であった。
早々に全滅させてしまえば、暫くは毎日のようにエビを使った料理が続くであろう。
他の飛行士たちも
(この人、同じ食材を使い続け、特に余っているなら無理にでも使い切ろうとする癖があるから、
出来るだけ長く生かして、丁度良い間隔で出るようにさせて欲しい!
エビも貝料理も嫌いじゃないが、ずっと出続けたら飽きる!!)
と、水系・水生生物系の研究者に期待を込めている。
研究でも、研究以外でも、米沢飛行士は割と重要な存在であった。




