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軌道上で飲むコーヒー

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「無重力では深煎りの味が良いのかな?」

 2人目の「お客様」である某経営コンサルタントが語る。

 彼は観光業の他、コーヒーチェーン店のコンサルタントもしている。


「浅煎りの酸味が強いコーヒーは余り人気が無いように思うが」

(そりゃ、宇宙酔いの時の胃液の感じを思い出してしまうからなあ)


 サラダも、酸味が強いドレッシングは好まれない。

 少し濃厚な、コクのある味の方が好まれる。

 トマトも熟して甘くなったもの。

 コーヒーの酸味は、いわゆる「酸っぱさ」とは違うものの、どちらかと言うとコクがある方が好まれる。


 ただ、単にコクがあるだけではない。

 コクがある、渋みが増して香り豊かだと「重い」というものにもなる。

 生クリームを入れて飲む人はこれを好むようだ。

 一方、ブラックのままで飲む人と、アイスコーヒー(最近は日本人以外も飲むようになった)はそこまで重くない「中煎り」を好む。


「データ数はまだまだ少ないが、傾向としてこんな感じに出たよ」

「……で、そのデータをどうするんですか?」

「知れた事。

 将来のビジネスの為に使わせて貰う。

 まあ、この傾向が正しいかどうかは、これからも調べなければね」

「それはどこで?」

 コンサルタントは船長の顔をマジマジと見た。

「NASAからも依頼があったのだよ。

 ISSになるか別なものになるかは分からないが、実験する機会はあると思うよ」

「しかし、そんなに味に拘りますかね?

 我々は贅沢をしないよう、食えるもの、飲めるものは何でも摂取するよう訓練されていますが」

「見たまえ。

 インスタントコーヒーの残量を。

 私はインスタントコーヒーは味のバランスが取れていると思う。

 というか、万人に合わせて癖が無く、個性もその分無いが、より多くが満足するようにブレンドされている。

 家庭で飲むのはそういうものだ」

「はあ……」

「にも関わらず、大量に残っている。

 熱心な愛好家は居たようだが、その他のコーヒーの消費量に比べ、微々たるものだ。

 コーヒーは好みに五月蝿くなる。

 それは、さっき君たちが言った『贅沢をしないよう』というのが影響していると思うが」

「どういう事でしょう?」

「贅沢が出来ない環境において、ささやかな楽しみになるのだろう。

 まあ、ここは研究施設というにはかなり豪華な造りのようだが。

 ストレスを発散する為には、様々な方法がある。

 飲食もそうだ。

 暴飲暴食でストレスを発散する者もいる。

 あと、贅沢をしたいという衝動もある。

 だが、宇宙では出来ない。

 栄養管理はされているし、残量管理もされている。

 暴飲暴食で体を壊されたらたまったものじゃない。

 そんな中、唯一拘れるものがこれだ。

 まあ紅茶でも良いが、嗜好品だな。

 飲酒は、許可が下りないと駄目なんだろ?

 手軽に飲める上に、豆にも煎り方にも挽き方にも拘れるなら、普段抑えている味に五月蝿いのが出て来る事も有り得るだろう」

「ですが、我々はそういう衝動を抑え込むようにしています」

「宇宙飛行士のみが宇宙に来る時代じゃないだろ。

 あの人(CEO)や私も、まあ訓練は受けたが、専門の宇宙飛行士ではない。

 料理人もそうだ。

 やがてより多くが長期……といっても一ヶ月程滞在出来るようになれば、こういう嗜好品を求める気持ちが出て来るだろう」

「それを抑え込むのが訓練で」

「全ての人が、潜水艦の中で半年も禁欲的に生活出来ると思うかい?

 南極で数人だけで入れ替わらない中、孤立生活出来ると思うかい?

 宇宙ステーションの生活だって同じだよ。

 訓練されて選ばれた人たちだけのものでなくなって来ている。

 南極を商業利用しないという国際条約が無くなれば、南極もそうなるだろうね。

 そうなると、欲望に弱い人も来る事が有り得るわけだ」


潜水艦で風呂に入らず、数ヶ月潜り続けるのはビジネスにはならない。

だが、南極と宇宙は1ヶ月程度なら行きたい人も多いだろう。

日本の南極・昭和基地には寿司バーがある。

時々流しそうめんをしたりする。

普段はそういう事に興味が無い人でも、喜んで参加するそうだ。


面白い事に、宇宙生活中にあれ程コーヒーについて五月蝿かった飛行士も、地上で日常的に飲める生活に戻ると、店等で提示される味で満足するようになっているという。

「こうのす」ではベルティエ氏とアントーニオ氏がコーヒーは焙煎から挽き方まで対応出来る職人であった為、住んでいる飛行士だけでなく、噂を聞きつけた飛行士まで余計に嗜好に五月蝿くなったようだ。

本職の料理人ではない、総菜屋の超人・石田さんの場合、残念ながらコーヒーは範囲外だった。

本人の好みもあって、お茶は焙じたり煎じたり出来たのだが。


「というわけで、将来もっと多くの普通の人が宇宙で1ヶ月程度滞在、

 あるいは簡易訓練程度の科学者が長期滞在となった時、

 今のデータが活きて来ると私は見ている」

そしてニヤリと笑った。

「NASAから聞いたんだが、将来月や火星で野菜を育てたいのだが、

 栽培環境がシビアなコーヒー豆はまず無理だそうだ。

 だから、どうしても地上で採れたものを持っていく事になる。

 これはどこの国も同じ条件だ。

 この日本の宇宙ステーションは農業をしているが、それでもコーヒー豆は無い。

 となると、世界で標準的な宇宙生活で好まれるコーヒーを作れたなら、

 それを標準化する事で世界をリード出来る、そうだ。

 贅沢に五月蝿いNASAが、こういう嗜好品について制限を緩くしているのは、そういう事だよ。

 最初は文句があったようだが、それも今後に活かせるって事だ」


アメリカはあらゆるアクシデントやデータを決して無駄にはしないのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 転んでもただでは起きないのはアメリカらしいな
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