アメリカ人飛行士の一日
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙開発における重要実験はISSで行える。
「こうのす」はサイズこそ大きいが、科学実験機能に関しては遥かに劣っている。
住環境や長期宇宙滞在を目的にしている為、サイズは大きく、実験機能はおまけのようなものだ。
おまけというのは、協定により高度な科学/工業の研究・実験は全てISSで行う事になっている為、大学院生が研究出来るレベルまでしか行わないからだ。
計測機器は、流石に高機能なものを多数搭載しているが、これはプラットフォームの大きさを活かす為で、必要なら人工衛星に搭載して代替出来る。
アメリカの多目的観測モジュール「ホルス」も、普段は無人運用をしており、必要な時に機器を取り換える。
有人であるメリットは、プラットフォームはそのままで取り換えが出来る事までであり、必要に応じて必要な機能だけを持った衛星を打ち上げられる力はあるなら事足りる。
アメリカがこの機体の使用権を持っているのは、ISSに緊急の事が起きた場合の避難先や、観光客の受け入れ、そして日本が目的としている長期宇宙滞在実験に一枚噛みたいから、であった。
よって、現在の飛行士の滞在目的は、基本的に「ただ宇宙に居る事」である。
ISSのスケジュールがある為、使える宇宙ステーションがあるなら宇宙飛行士の訓練も兼ねて使いたい。
「だからと言って、宇宙が快適だと思われては困る。
いや、大金を出して宿泊するだけのお客さんは良いが、宇宙飛行士がそうでは困る」
という事で、現状新型宿泊モジュールは封鎖されていた。
「あれは観光客の為のもので、宇宙飛行士用ではない」
からだ。
厨房モジュールも奥の方は封鎖している。
火事を起こした時の対策で、加熱する機具のある部分と、せいぜいお湯やレトルト食品入れしか無い入り口部分は、ドアを閉めて隔離する事が可能なのだ。
そして水耕モジュールと土壌農業モジュールは日本人飛行士以外立ち入らない。
生物汚染を警戒しての事だ。
日本人飛行士も、研究をするのではなく、世話をする、危機のチェックをする、いざという時用に待機するだけだ。
その為、サイズ的には大型の「こうのす」だが、現在使っている空間は比較的狭い。
人数もそれ程多く無いから大きな問題は無い。
だが、一部の個所には人が集中している。
トレーニングブロックである。
本格的な任務はISSと「こうのす」間を連絡する無人宇宙船の実験なのだが、実際に稼働するのは数日おきなので、割と手持ち無沙汰の飛行士が出る。
地球観測も、船内どころか地上から制御出来る為、当番がモジュール内で計器チェックをするしかやる事も無い。
となると、宇宙飛行士としての訓練と体力維持をしっかりと行う。
そこでトレーニング機器を使い、筋力を落とさないようにするのだが、ここで器材不足が生じた。
今までの日本使用では、他に仕事があって忙しい為、使用しているのは1人か2人であった。
無論ノルマだから、全員きちんとトレーニングはするのだが、24時間で分けると利用人数は少ない。
そして、割と運動が苦手ではないにしても(苦手な人は選考で落選する)、好き過ぎる程ではない院生や研究者が多い。
一日に2時間の筋トレは「言われたからやる」のであり、楽しんでやってはいない。
当然だが、好きな日本人飛行士も居た。
一部のミッションスペシャリストと、正規の飛行士(自衛官上がり)は人が居ない時間にトレーニング機材を使っていた。
それとて人数は多く無い為、適当な時間で交代する。
アメリカ人は結構筋トレ好きである。
スポーツ競技でも、日本人は走り、アメリカ人は機械トレーニングに重きを置いたりする。
どちらが優れているという比較は意味が無い。
アメリカに渡ってアメリカからその活躍を賞賛されるスポーツ選手が、アメリカ人の筋トレ好きに驚くくらいだから、そういう傾向があるという程度の話だ。
スポーツ選手なら走るか筋トレするかの違いでしかないが、宇宙飛行士の場合走る場所も無いし、筋トレをするか、それ程しないか、の差となる。
手持ち無沙汰もあって、トレーニングしたがる彼等にとって
「これだけ広いんだから、器具がもっと有っても良いんじゃないか?」
「ステーション内は広いけど、トレーニングブロックはそんなに広くない。
もっと広くないと、2人しか同時に居られないじゃないか」
「待ち時間が勿体ないよな」
と不満が出る。
体を動かしたくてうずうずする彼等は、日本人飛行士もよく使う船外拡張軟式与圧室を使い始めた。
ここでは無重力を活かしたスカッシュをしたり、柔らかいボールでドッジボールしたり、たまにプロレスをしたりしていた。
そこでアメリカ人が体を動かす。
彼等はアメリカンフットボール、バスケットボール、そしてアイスホッケーが好きだ。
要は体がぶつかり合う球技。
外部の骨組みの中に、強化ビニール等を使った皮膜で与圧室を作った軟式の空間である為、十分な強度は有ると計算されているが、それでも硬いボールや尖ったものは持ち込まないようにしている。
いくらボールやディスク等が柔らかろうが、大の大人が動き回り、たまに衝突するとなると危険だ。
案の定、外部のフレームで曲がったものも出て来た。
トレーニングにせよ、軟式与圧室での全力での遊びにせよ、体を動かして汗が出る。
「いやあ、いい汗かいた」
そこに日本人飛行士が気を利かせて
「あ、アイスコーヒー作りましたよ」
と出す。
「冷たいコーヒーなんか飲めるか!
コーヒーはホットだろ?」
「いや、俺は好きだけどね」
「アイスは良いが、甘さが足りないな」
「摂取カロリーってものがある!
ノンシュガーで我慢しろ!」
こうしたやり取りが何度も繰り返され、やがてある結論が出た。
「確かに宇宙で贅沢はしない方が良い。
しかし、嗜好品が必要なのは確かだ。
他の食事で贅沢は言わない、だがコーヒーだけはそれぞれの好みの味で飲みたい!
NASAは日本を遥かに上回るコーヒーメーカーを開発すべきである!!」




