宇宙ステーション間連絡便
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ISSは専用の軌道で地球を周回している。
「こうのす」は普通の低軌道である。
ISSの方が高く、ロシアからドッキングしやすいよう傾斜のついた軌道であった。
技術的に、高度や傾斜の違う2つの軌道を行き来する事は難しくない。
これを簡単にやるとなると、お互いに実験が必要となる。
まず、ISSも「こうのす」も有人機であり、危険な接近の仕方はさせられない。
使い方として、ISSから発進した連絡機が「こうのす」にドッキングし、「こうのす」で物資を入れたらISSに戻る、といった往復機を想定している。
これは一回限りの使用ではなく、何度も繰り返し使用をしたい。
それには燃料補給が可能な設計とする。
だが今は、そこまでは行わない。
低出力だが低燃費で効率の良いエンジンを搭載した技術実証機がISSを発進し、「こうのす」にランデブーしてISSに戻るという実験を行う。
エンジンを切って、再点火するのは別の機会に試す。
まずは宇宙での燃焼実験をし、2号機が軌道変更の際の効率を計測する。
新しい技術の実証に、一回であれもこれもではなく、段階を決めて何回も試せるのはアメリカの強みであろう。
例え予算が確保出来ても、機会の問題もあって結局「ついでに〇〇もする、そのついでで××も行う、おまけで△△も可能なら試す」という貧乏性な技術実証機の使い方をする日本からしたら、羨ましい部分である。
「こうのす」に入った飛行士の任務の一つが、この技術実証機のランデブーの監視である。
ランデブーと言っても、数メートルの距離を維持しながら平行飛行をするのだから、間違って接触でもさせたら責任問題だ。
そこで、レーダーと目視で確認し、衝突コースと判断したら緊急離脱コマンドを送信するのだ。
地上、ISS、そして「こうのす」と三重のチェック態勢を取る。
「連絡機接近」
「こちらも確認した。
全て順調」
『こちらヒューストン、数値は全て正常。
写真は撮ったか?』
「こちらKoh-Nos、船体のカメラ画像は送信した。
手持ちの一眼レフでも撮影中」
正確にはミラーレス一眼カメラ『Mirrorless interchangeable-lens camera(MILC)』なのだが、その辺は大目に見よう、私物なんだし。
一時間の並走の後、技術実証機は離脱していった。
「まあ一回目は問題無い。
二回目のテストの方がシビアだ」
「ですね。
今度は1ヤード、えーっと0.9メートル以内まで接近しますからね」
「そいつだ。
ここの機器はメートル法だからな。
ヤードやフィートの頭で作業するなよ」
アメリカは今でもヤード・ポンド法の単位体系である。
ヨーロッパと共同開発した火星探査機が、ヤード・ポンド法とメートル法の齟齬で失敗した事があるのだが、それでも次世代有人宇宙飛行計画ではそのままヤード・ポンド法で行うと決めた。
30年前のスペースシャトルの資料や設計図、またソフトウェア等は全てヤード・ポンド法記述の為、全て国際単位系に換算すると予算オーバーとなる為である。
ただ、やはり国際開発をしたISSは、メートル法を拡張した国際標準単位系、通称SIを使用している。
アメリカ人飛行士がメートル法に不慣れな訳では無い。
しかし、間違う可能性がある事、注意喚起すべき事は、立場や役割を超えて口に出して周囲にも認識させる事が大事なのだ。
この音声はNASAの管制センターでも記録している。
『こちらヒューストン。
それはその時に気をつけよう。
数値は音声で読み上げ、お互いにチェックする事にしようか。
さて、もう一個の実験の方の準備はどうか?』
「こちらKoh-Nos、準備は進んでいる。
明日にはリハーサルを行える」
『こちらヒューストン。
よろしい、引き続き作業を行って欲しい、以上』
もう一つの任務は、多目的ドッキングモジュールの小型衛星射出装置を使った、ISS軌道まで小型機を送り込む作業である。
高い軌道に上げるには速度を上げ、低い軌道に下げるには速度を落とす必要がある。
その為に燃料を噴射するのだが、「こうのす」にはカタパルト的な射出機があり、燃料の節約が可能だ。
その代わりというか、まだ実験中の装置だからというか、日本の目的として十分だからか、サイズは小さい。
数キログラムの衛星と、それを軌道投入するモーターのみ射出可能だ。
今回のアメリカの実験目的は、このカタパルトを使ったISSへの輸送でどれだけの効率化が図れるか、計算値と実測値とのすり合わせを行う事である。
まったく、あれもこれも、ではない明確な一目的の為の実験を行うのは良い事である。
翌日、射出角の調整、射出速度の設定、カウントダウンのリハーサルが行われる。
0.1秒前ストップ、つまり本番ほぼそのままのリハーサルであった。
手順の間違いが無いかを確認する。
そして軌道条件が良い日時に、本番の技術実証小型衛星とモーターが射出された。
なお、アメリカも開発中の軌道制御エンジンを積んだモーターの仕様は秘密である。
いずれ関係国には公開されるが、とりあえずはイオンエンジンと似た、長時間推進と高燃費のものとだけ伝えられている。
これもISSに衝突しないよう、数十メートル離れた相対位置に到達し、この機体は実験終了後は大気圏に突入させて処分される。
位置報告と姿勢制御だけの簡単な衛星に多くの事は要求しない。
この射出試験を3回繰り返し、データを取ったら破棄する。
技術試験において、アメリカはやはり余裕がある宇宙大国なのだった。
※1993年9月、MARS Climate Orbiterの失敗:
地上管制局でのエンジン動作の計算はポンド・秒で行い、それをニュートン・秒に換算しなかった為、火星上空約150㎞の軌道に乗れず、そのまま墜落してしまった。




