ISSと「こうのす」の食糧融通に関するガイドライン
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
国際宇宙ステーションISSは空飛ぶ無菌室である。
行くにも、帰った後も、しばらくは隔離生活を強要される。
放射線が飛び交う宇宙空間で、菌が突然変異を起こさないか注意が必要だ。
人間を完全に無菌には出来ない以上、体内で突然変異を起こした菌が、帰還後に繁殖して新しい病気を発生させないかモニターする。
日本独自宇宙ステーション「こうのす」も、基本は空飛ぶ無菌室だが、ここは空飛ぶ対生物汚染設備でもある。
十分に気を付けてはいるが、完全無菌のISSに比べ、土壌細菌や発酵用菌類を持ち込んでいる「こうのす」は同じに扱えない。
一方で、宇宙ステーションは基本食糧を消費するだけの場所である。
ISSでは長期保存が効く宇宙食を数ヶ月分持ち込んで、食べ繋ぐ。
「こうのす」はそれに比べ、自給率100%とはいかないが、葉野菜等を生産している。
生鮮食料品が常に存在している。
ISSでは、ビタミン不足について気をつけているが、錠剤では補い切れないものもあるだろう。
今までの実績を見て、「こうのす」で生産した野菜を、ISSで食べても良いかもしれない。
「収穫した野菜は是非とも欲しい」
「それでも確実に細菌が居ない事の証明が欲しい」
「水耕プラントからパック詰めまでの工程で細菌が入る余地が無い事を確認したい」
この過程を書類と録画映像から確認していた。
だが、それだけでなく実際に飛行士が行ってチェックを行う。
現在、JAXAで使用出来ない期間にNASAの飛行士が使用している。
その飛行士の一人が、水耕モジュールの壁や水槽、機械や出入り口といったあらゆる場所で生物汚染が無いかを調査する事となっている。
水耕モジュールからの持ち出しは問題が少ない。
最初から無菌室で、余計な菌を持ち込まないようになっている。
NASAの基準と同じである。
次に倉庫について調べる。
「珈琲豆とか茶葉とかが欲しい」
「……やはりそれですか」
「あと、消費期限が迫っているレトルト食品や冷凍食品も融通して貰いたい」
「こうのす」に倉庫は多数存在する。
厨房モジュールに食料庫、多目的ドッキングモジュールに小倉庫、コア1に室内倉庫、コア2に拡張船外倉庫、そして補給機「HTV-X」が来た場合は、そのまま外部倉庫として利用する。
一番難しいのは、厨房モジュールで調理したものである。
無菌室to無菌室で推移するものや、開封しない限り大丈夫な封印をされている貨物と違い、明らかに人間の手を経ている。
更に厨房モジュールは生ハムを作っていたり、パンを焼く為のイースト菌があったりする。
「ここにマニュアルがあるが……」
「え? 連中はこれを普通にやっているのか?
ここはキッチンだよな?
化学実験室じゃないよな?」
彼等は宇宙飛行士、科学者であり、料理人ではない。
化学や生物の実験で、危険な薬品や生物が宇宙船に拡散しないようにするのは理解出来る。
物理や天文・測地・地球観測のコンピューター操作は、気を使わなくても良い。
だが「直接船内に物を持ち込む」上で「徹底した衛生管理」を「NASA/日本基準」でやってのけるのは凄いのだろう。
料理人からしたら
「いや、これは普通よりも厳しいけど、でも想定の範囲内」
と言うだろう。
基本、料理人は食中毒に気を使うのだから、衛生には非常に気を使う。
アメリカに限らず、世界で安いレストランはその辺ラフにやるが、NASAの宇宙食製造工場なんかは厳密に管理している。
その厳密な衛生管理を、普通の料理の過程でやっているのだ。
日・仏・伊というグルメ国の料理人なら、髪をキャップに収め、手を薬用石鹸で徹底的に消毒し、口も消毒した上でそれぞれ手袋やフェイスガードで防菌、調理器具は一回一回熱湯と薬品と紫外線で三重に消毒、倉庫は陰圧になっている等の条件でも普通に美味しいものを作る。
「俺たちには無理だな」
「うむ。
衛生管理は可能だが、これは薬品を触る時の服装だ。
こんな格好で料理のインスピレーションは出ない」
「……お前、普通の服装でも料理のバリエーション無いだろ?
お前の料理って、サンドウィッチしか見た事無いぞ」
厨房モジュールが徹底したクリーンルームである事を実感したアメリカ人飛行士たちは、ほとんどの器具に触らない事に決める。
迂闊に触って「汚した」と言われても心外だ。
どうせ彼等は、湯煎した宇宙食、地球から持って来た「検査済み」の食事、頑張って「こうのす」で採れて安全を確認したジャガイモをレンジで温めるくらいの食事しかしないのだから。
「サラダくらいは食べたいかな」
「うむ、農業モジュールを管理している日本人に作って貰おう」
「君は作れないのか?」
「食いたいのか?
俺のを?」
「いや、遠慮しておこう」
基本的に宇宙飛行士、料理が出来なくても恥ずかしい事は何も無い。
そして地上とも交信した上で、「こうのす」で作られた「料理」はISSに運ばない事にした。
「宇宙で〇ーバーイーツとかピザの宅配は、そもそも日本のステーションにも負担増だろう」
「大体、宅配の最中に冷めるだろう」
「やるなら〇ーバーイーツや〇〇〇ピザ自体が宇宙デリバリーをやるそうだ」
「君たち、どうせデリバリーされるなら、凝ったフレンチや本格イタリアンより、ピザやハンバーガーの方が良いだろ?」
「基本的には余り美食で贅沢を覚えて欲しくは無い。
宇宙にはそういう目的で行かせていない。
日本の宇宙ステーションとは目的が違うからな」
「美食ではないが、長期宇宙生活で食材から料理する場合、
我々も独自の方法を日本ステーションで宇宙生活を経験したベルティエ氏を招いて考えている」
こんな感じの理由であった。
日本人飛行士がポツリと
「日本には弁当というものがあるし、
冷めても再加熱する事も可能ですが」
と言ってしまい、周囲から睨まれる。
「諦めがついたとこだから、余計な誘惑をせんでくれんか!」




