水を使わない料理
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本は水に恵まれた国だ。
一人あたりの降水量とか、そういう難しい話は置いといて、水道を捻れば飲める水が出て来て、煮炊きが料理の基本となっている。
イタリアも水では恵まれた方だろう。
なにせパスタは大量の湯を必要とするのだから。
少ない水でも何とか出来るが、それはそういう工夫があるだけの事。
常に「砂漠でパスタ」の時のような、缶詰め入り具材から出る水を使うような料理法ではなく、あるなら水を使う。
この点、どんなに渇水でもうどんを煮る県民なら分かるだろう。
水を使わない方法はあっても、使えるなら水をふんだんに使うのが代々の料理法なのだ。
その一方、水を使わない料理法の国もある。
タジン鍋というのがそうだ。
具材から出る水分が火で蒸発し、それを円錐状の蓋で冷やして水として再利用する。
インド料理も具材から出る水を利用し、ほとんど水を入れたりはしない。
では、それが即宇宙で使えるか?
否!
無重力環境では対流が発生しない為、タジン鍋の方法は使えない。
インド料理の場合、香辛料の匂いが密閉空間では問題有りだ。
そのままでは使えない。
アレンジが必要だ。
アレンジで一番上手かったのは一次隊のベルティエ氏だっただろう。
網脂、パイ包み、膀胱代わりのシリコンパック等で上手く香り等を封じ込めながら蒸し料理を作った。
普通の宇宙食は湯煎もしくはパックの中に湯を入れて戻す料理なので、この料理法はNASAやロシアでも参考にするという。
ロシア料理のキノコの壺焼やピロシキのような「中に包んで焼く」料理を研究する。
もっともISSは「こうのす」と違い、高温になる料理は厳禁である為、低温でも油で揚げた場合と同等の効果を得られるよう工夫を凝らす。
カレーの作り方も同様となる。
正確にはインド料理にカレーというのは無く、スパイスを素材や作りたい味に合わせて組み合わせるものだ。
故に、匂いが強いニンニクや、刺激が強く飛散すると催涙効果もある唐辛子は使わない。
ヨーグルトと混ぜて刷り込む形で匂いを封じ込め、それで炙り焼く。
ヨーロッパでは香草を包んで炙り焼く料理がある為、ちょっと調味料の組み合わせは異なるが対応可能であった。
アントーニオ料理長は、ここぞとばかりに玉ねぎ料理を出す。
補給された新玉ねぎは水分が多い。
水を節約する為にも、水分の多い玉ねぎを使って料理する。
イタリア料理だと、「砂漠でパスタ」でも貢献した缶詰めトマトも良い。
これも具材に含まれる水分、そして缶の中の油分が利用出来る。
ただし、調理時間は長くなった。
具材から水を出す料理法は、強火だと水分が蒸発してしまう為、弱火でコトコト煮込む。
すると具材から出た水で煮込む事が出来る。
その分、時間はかかる。
時間がかかる分、食材を柔らかく煮込める。
アントーニオ料理長はイタリア料理の枠をはみ出さない、新玉ねぎの弱火での長時間煮込みで鶏肉を柔らかくし、それにスパイスを合わせてインド風にもなる料理を作った。
また、玉ねぎの水分で羊肉を煮込む料理も提供する。
とりあえず水回りの作業中は、余り水を使わない料理にするようだ。
「コア2の水処理は生きているから、別に問題無いのに……」
橋田船長がそう言う。
コア2はコア1と同型機であり、生命維持装置の規格は一緒である。
普段はどちらか片方しか使わない。
つまり片方あれば宇宙生活を維持出来る。
それに、今までだって大して汚水が出る料理法は使っていない。
パスタを茹でるのにお湯は使っていたが、その後は厨房モジュール「ビストロ・エール」内の再処理能力を使って水だけ再利用し、本体の下水処理機能に負担をかけていない。
「良い機会だから試してみたいのデス」
アントーニオ料理長は返答する。
水を使うパスタ、炊飯、スープ・シチュー系の料理を封印し、蒸し煮(具材の水分を使う)、炙り焼き(オーブンを使う)、生の料理をここ5日程提供していた。
「あと、トイレに行きたくなるカプチーノもデミタスサイズにシマース。
グランデサイズはしばらく禁止デース」
割と文句を言いたい長期隊の面々だったが、基本的に料理担当が「そうする」と決めたら文句は言わない不文律があり、渋々小サイズのパックに濃く淹れたコーヒーを飲んでいた。
「コーヒーよりチャイが欲しい」
「コーヒーで良いから、シナモン加えたい」
「コーヒーで良いが、カルダモンがあれば完璧だな」
「コーヒーで良いよ、スチームミルクも欲しいとこだが」
「コーヒーで良いです、だからメイプルシロップ使わせて下さい」
(短期隊もコーヒー(一人お茶)にうるさいのか……)
インスタント派の船長が頭を抱える。
「君たち、コンデンスミルクだけはタンクであるから、それを飲んで下さい!
ベトナムの企業からプレゼントされたので」
これには文句が出た。
そんな甘ったるいのを飲んでいられない、と。
(メイプルシロップ入れたいとか言ってる奴が、どの口でそれを言う!)
こういう時、好みは薄いが量の多いアメリカンコーヒーではあるが、贅沢は言わずに出された料理すら
「豪華ですね、実に美味しいです」
と言って食べる正規の宇宙飛行士、ニール船長は素晴らしい。
「これは合衆国のコーヒー店のブレンドですね、分かります」
こうして欲しいとうるさい方ではないが、味はしっかり分かる人のようだった
(インスタント仲間には引き込めないか)
船長の同志はいまだに現れない。
そしてコア1のメンテナンスは終了した。
次は「水環境・浄水機能実験モジュール」に処理をさせるよう、配管を変更する作業に入る。
「というわけで、まだコア1は使用出来ないからね」
自主節水生活は続く。




