水環境・浄水機能実験モジュール到着
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
地上スタッフは、苗代を育てる機能から人工重力を使うコアモジュールについて、あーだこーだと意見を出しているが、それは勝手に盛り上がっているだけである。
多忙な時は物凄く多忙で、栄養ドリンクのお世話になりっぱなし、健康診断で「HbA1cの値が高いですね」と言われたりするのだが、それを乗り越えると途端にハイになり、妄想力が暴走し出す。
有人宇宙船部門は、他のJAXAの職員と違い、いきなり出来た枠に少しでも使える人間を大量に採用した。
探査機部門やISSの部門から見れば
(玉石混交過ぎるな。
大半はうちの部署では使えん)
という評になる。
大量に雇って、現任訓練(OJT)でアメリカの宇宙企業や航空機メーカーに放牧に出すような重い仕事を任せ、ついていけない人間をまるで補助エンジンのように切り捨てながら、タフで使える人間を高みに引き上げる。
とりあえず頭数が欲しい時期もあり、それを繰り返した結果、ちょっと暴走気味の部署となった。
そこの責任者の秋山は、彼は若手とは言え本案件が始まる前からの職員で、そのノリに必ずしもついていく訳ではない。
好き放題喋らせ、妄想させ、設計させたり企画させたりするが、彼は彼でスケジュールに沿って物事を進める。
本来フェーズ3は「水環境・浄水機能実験モジュール」が計画に入っていた。
農業で問題が出た為、農業系研究者を送る事を最優先にしたのと、短期滞在者の居住区を増設する作業が入った為、後回しになっただけだ。
幸い、農業の方は目途が立った。
研究者ではないが、水回りのプロを送った為、しばらくは無人運用だがセットアップは出来る。
その為、既に完成してアメリカに送っていたモジュールの打ち上げにGOを出した。
本来、宇宙ステーションへの補給は専用輸送機を使う。
ISSに荷物を運搬するHTV-Xは、そのまま「こうのす」への補給任務にも使用出来る。
だが今回は、水系モジュールの中に第二次短期滞在隊の追加荷物(滞在後半の食糧や嗜好品、追加実験道具)を詰めて送る事にした。
2回打ち上げなくても良い。
ついでに、長期隊の贅沢品、コーヒー豆についてもリクエストに応えよう。
これはアメリカ常駐の小野より
「米国のスタッフの方が同情しています。
ちゃんとコーヒー豆を送ってあげないと可哀そうだ、と。
あと、コーヒー豆輸送を条件に寄付を申し出ている企業もあります。
……ロケットに広告描く事になりますが」
という報告があり、ロケット打ち上げを行う部門が資金提供を承諾した為、載せざるを得なくなった事情もあった。
(「こうのとり」は「空飛ぶ缶チューハイ」なんて仇名されたが、
このロケットは「飛ぶコーヒー缶というか、垂直発射されるコーヒーの宣伝バナーというか」
そんな感じになっているなあ)
ロケット表面の広告の余りの多さに小野はそう思った。
スイスに本社がある大手インスタントコーヒー会社は、船長が愛飲家(他の飛行士は全く飲まないが)と知って
「我が社からの気持ちだよ、是非に!」
と全種類の詰め替えパックを送って来た。
シアトルに本社がある世界的コーヒーショップや、日本の代表的コーヒー企業も
「是非、うちのオリジナルブレンドも試して欲しい。
決して店に来て飲むだけが全てじゃないから」
なんて豆を送って来た為、明らかにモジュールの一角はコーヒー豆置き場と化していた。
(その中で、アレだけ異質というか)
ベトナムの最大店舗数のカフェチェーンからプレゼントされた豆と共に、コンデンスミルクがタンクで置いてあった。
(お前ら、間違ってもコーヒーの中で泳がされるなよ)
このモジュールは水環境の実験モジュールである。
卵から孵化の段階から管理された無菌の水棲動物の幼体も搭載されている。
割れないよう、乾燥しないよう、脱走しないよう、アクリル製の小水槽に入れられた水中で、酸素を送られてはいるが、蓋もされていた。
宇宙ステーションに到着し、早い内に大きな水槽を立ち上げて移さないと、デリケートな彼等の中には死ぬ個体も出るだろう。
こうして準備を終えたモジュールは、本来なら第二次短期隊より2日前に打ち上げられる筈だった。
しかし広大なアメリカでは、射場が違えば気象も違う。
モジュールを打ち上げるカリフォルニア州と、有人宇宙船を打ち上げるフロリダ州は同じ国とは思えない程だ。
好天が多いカリフォルニアが雷雨で、ハリケーン等の脅威があるフロリダが好条件だったのは珍しい事だった。
先に人が打ち上げられ、荷物は待機していた。
だが、ようやく空のコンディションも良くなり、モジュールは大型ロケットで打ち上げられた。
第二次短期隊に遅れる事1日。
コア2の所定のポートに接続された。
それに先立ち、別れがある。
「さらばだ、我が部屋よ。
船長ってだけで独占出来て、非常に良かったぞ」
……実際は完全な独占でなく、船長が当直の時は副船長や短期隊の船長も使用し、運用上の資料や計画表を置いて打ち合わせもしたりしたのだが。
元小型宇宙ステーション「こうのとり改」は、想定運用寿命より1年以上後に大気圏再突入による廃棄された。
離れていくモジュールを、船長・副船長だけが、持っていないが帽子振れの仕草で見送った。
(短期隊のニール船長曰く「あれは何をやっているのだ?」)
長らく宇宙飛行士の居室として利用されたこのモジュールは、大気圏に突入して燃え、最後は「宇宙船の墓場」に落下して生涯を終える。




