宇宙飛行士は宇宙飛行士を育成する
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第二次世界大戦において、ドイツ空軍には百機以上撃墜のエースパイロットがゴロゴロ生まれた。
日本陸海軍には、敵の動きが先読み出来たり、レーダーも無いのに敵を感知出来たり、殺気を感知して射撃前に回避行動に入るような、どっかのアニメの「人類の革新」、悪く言えば「人外」が多数出現した。
だが、この戦争の勝利者は撃墜王の記録的には寂しいアメリカであった。
アメリカは、10回出撃させたなら除隊させ、次のパイロット育成の教官に回したり、元の生活に戻したりした。
結果、モータリゼーションが発達して機械である自動車を操縦出来る人口の多さもあり、余裕を持ったパイロットの頭数を確保出来た。
逆にドイツや日本は精鋭パイロットに頼らざるを得ず、何度も何度も、時には一日に複数回出撃させた為、そのパイロットが死ぬまで撃墜数は稼ぐ事が出来た。
だが、味方は数的にも質的にも気力・体力的にも消耗し、敵は数の有利を発揮し、エースも負傷して後送されたり、別な戦線に移動中に輸送機ごと撃墜されたりして失われる。
戦争という状況を勝ち抜くには、アメリカ式が良かったという結果が残った。
その育成システムは、やがて多くのテストパイロットを生み、そのテストパイロットから宇宙飛行士たちが生まれた。
山口、尾方、谷元といったこの計画の宇宙飛行士1期、所謂「最初の11人」はそろそろ5回目の宇宙飛行を経験する。
いや、名を挙げた3名は既に5回打ち上げを経験した。
4回という数字だけなら多いか少ないか判断に困るが、2年半で4回は多いと言えるだろう。
宇宙空間、つまり大気圏という防御が無い場所では、大量の放射線に被曝する。
原発の作業者は、総被曝量、一回毎の線量の合計が規定値を超えたなら、二度と従事させられない。
宇宙飛行士も同じ様に、生涯被曝量を計算され、一定以上を超えそうなら引退を余儀なくされる。
3名の飛行士は、まだ打ち上げ回数的には余裕がある。
しかし、短期間に5回というのはオーバーワークであろう。
総日数として多くは無い為、日本では甘く考えていたが、戦時中ですらオーバーワークには気を使うアメリカから
「……以上の3名は今後数年宇宙飛行をさせないよう、勧告する」
と言われてしまった。
「長期滞在は山口さんが1回のみ。
他の2人は合計日数で2ヶ月に届いていないが……」
「だから時間でのみ管理するのは日本人の悪い癖だ、ってアメリカで言われてますよ」
アメリカの窓口・小野より秋山が注意を受ける。
長期だろうが短期だろうが1日だけの試験飛行だろうが、打ち上げ1回は同じく1回。
回数で見れば、それだけ危険に身を晒した事に変わりはない。
爆発物の上に搭載されて天空高く発射され、数千℃の高温に晒されながら海にパラシュートで落ちる宇宙への往復。
人にかかる緊張の程は想像に難くない。
「NASAの方では、教官になるよう勧めています」
「教官か……」
考えていなかった事ではない。
だが、たった2年で折角成れた宇宙飛行士という職を諦めてくれるだろうか?
「ちょっと言葉足らずでした。
数年は宇宙に行かないで地上勤務。
間を2,3年は空けろって事です」
「まあ、最初の飛行士ならもう宇宙に上げないって選択もあるようですよ。
月に行った飛行士は、その後二度と宇宙に行っていませんからね」
最初に月に一歩を印した宇宙飛行士は、自らの意思ですぐに引退した。
アポロ13号という、月への往路で酸素タンクから酸素漏洩という事故を起こした後、無事に乗組員を地上に戻した船長も、その後二度と宇宙に行く事は無かった。
アメリカで最初に地球周回飛行をした飛行士は、ずっと二度目の宇宙に行く事はなく、遥か後年にスペースシャトルで二度目の宇宙に出た。
アメリカだけでなく、旧ソ連でも世界最初の宇宙飛行士と、世界初の女性飛行士は、二度目の宇宙行きを政府によって止められている。
記念碑的な事業を成した飛行士は、重要人物として二度と宇宙に上げないという事も有り得る。
だが……
「まあ日本の本命宇宙飛行士はISSの方だからなあ」
「確か、最初の宇宙飛行士は民放の局員でしたよね」
そんな訳で、特に「生きた記念碑」的な扱いにはせず、本人たちの希望を聞く事にした。
「……という訳で、数年は地上勤務になって貰います。
もう宇宙に行けない訳ではないですが」
「それを聞いて安心しました」
「前職を辞めて、やっと子供の時の夢を叶えたのに、たった2年で引退は無いですからね」
「まあ、次に宇宙に出るまでの間、宇宙飛行士を訓練すれば良いのですね?」
「その事なんだが……」
秋山は3人に英語の書面を見せる。
「これは……。
アメリカの大学の……入学許可??」
「入学ではなく、留学というか、中で学習する……。
我々は一体何をするんですか?」
「別にアメリカ留学とか、希望出してませんが」
「教官として人を教える、座学もさせる、アメリカ人に対しても教える為、
アメリカの大学の卒業証書があった方が良いという向こうの希望です。
まあ例外的なものですが、1年程カリキュラムをこなして、教師としても成り立つようにして欲しいとの事です」
「はあ…………」
「まあ、言いたい事は何となく分かります。
ですが、やって下さい。
もし塾講師のアルバイトを募集するとして、全くの未経験者と塾講経験者と、塾講経験者でかつ教育学部に所属している者なら、誰を採用しますか?」
「そりゃあ、一番最後の学生ですね」
「では、そういう事だ。
幸い、渡米せずオンラインで講義は受けられる。
1年間学生になって下さい」
3人は思った。
やっぱり実務やってた方が楽だな、と。




